
4.組織開発を実践するための具体的手法
組織開発を取り入れることで「目に見えない問題」を解決していくことは、多くの企業にとって大変有益な経験をもたらしてくれます。
組織開発には多数の手法が存在しますが、その中でも代表的な手法を3つ、ご紹介しましょう。
4-1.アクション・リサーチ
アクション・リサーチは、組織開発の源流の一人である集団力学の創始者クルト・レヴィンが提唱した手法です。
レヴィンは、ある集団の改善や向上の「実践」と調査や分析といった「研究」が、実践→研究→実践…というように表裏一体で循環的に進めることの必要性と有効性を強調しました。
日本における組織開発の第一人者・南山大学の中村和彦教授は、これをよりわかりやすく「①見える化→②ガチ対話→③未来づくり」の3ステップで表現しています。
まず、見えない領域にある「人間的側面」を「見える化」します。丁寧な調査やヒアリングを通して、これまで見えなかった問題点が見えるようになり、気付きや動揺が起きるかもしれません。
そこで「ガチ対話」を行います。ネガティブに思える問題にも、正面から向き合って当事者同士が話し合いを行います。この対話によって、内面的な変容が生じていきます。
ガチ対話を行うと、今までとは異なった視点で新しい方向性を、従業員自らが探れるようになります。既存の思い込みや捉え方から離れ、新たなあり方を自分たちで決めていく。これが「未来づくり」です。
この3ステップは、組織開発の最も基本的な手法となります。まずはこのステップを、組織内の小さな領域で試してみるところから始めると良いでしょう。
さらに詳しく知りたい方には書籍『入門 組織開発 活き活きと働ける職場をつくる』がおすすめです。
4-2.コーチング
コーチングとは、指導者(コーチ)が、対象となる人物と対話形式のコミュニケーションをとることによって、自ら問題を解決できる人材を育成する手法のことです。
4-1.の「アクション・リサーチ」の項でご紹介した「ガチ対話」の質をより高めるために効果的な手法です。
上司(コーチ)が部下(クライアント)に質問を繰り返すことで、対話しながら部下本人の思考をサポートし、答えや気付きを引き出していきます。
コーチングでは、上司からアドバイスや答えを教えることはしません。「人が必要とする答えは、その人の中に眠っている」というのが、コーチングの基本理念です。
上司は部下の話をしっかりと傾聴し、部下が自ら答えに気付きやすくする質問をします。コーチングでの質問は、オープン型質問を有効に使います。
オープン型質問とは「はい/いいえ」で完結しない質問の仕方です。「どう思いますか?」「どう考えますか?」といった質問を重ねながら、相手が自分の言葉で話すことを促します。
このような「対話」を繰り返すことで、組織開発において重要な内面の変容をサポートすることができます。
4-3.AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)
AIは、アプリシエイティブ・インクワイアリー(Appreciative Inquiry)の略で、アメリカで開発された組織開発のアプローチです。
Appreciative Inquiryを直訳すると「価値を見つける質問」という意味になります。日本のAI第一人者である渡辺誠氏はAIを「価値を見つける問いかけをして、ありたい未来をつくり出し、巻き込んだメンバーと共に、実現方法を考え、実現していく方法」と表現しています。
AIは、従来型の改善すべき悪い点に着目して問題解決を目指す手法とは異なります。徹底して長所に着目し、良いところを見つけて伸ばすのが特徴です。その結果、人に自信を与え、明るく幸せに働ける組織を作るメソッドとして注目されています。
AIの具体的なプロセスとしては、最初に「戦略テーマ」を設定します。戦略テーマは、組織のリーダーが最も解決したいテーマのことです。
ただし、AIで扱うときには、問題をポジティブに表現します。例えば「顧客満足度が低い」という問題を解決したいときには、「お客様にさらに満足してもらう店を作るには?」と戦略テーマを設定する、という具合です。
「ポジティブなテーマ設定にすると、その後の対話もポジティブな方向に導かれていく」というのが、AIの考え方なのです。
戦略テーマが設定できたら、戦略テーマに対して下記の「4Dサイクル」を実践していきます。
まずは「Discover(発見)」のステップです。ここでは現状をポジティブに把握します。従来の問題解決手法のように改善点をあぶり出すのではありません。「強み」や「うまくいっていること」を見つけ出します。
「Dream(夢)」では、作り上げたい未来を描きます。戦略テーマが実現されている「ありたい姿」を表現します。「こんな風になりたい」「こんな世界をつくりたい」という未来の成功イメージを共有する段階です。
「Design(設計)」では、実施することを決めます。理想の未来を実現するために「何をするか」を決め、その「意味」と「効果」を明らかにします。
最後のステップは「Destiny(実行)」です。原則は「自己決定」で、それぞれが自分でやりたいことを決め、やりたい人同士がチームを進んで進めます。
このように、AIは人のポジティブなエネルギーを最大限に経営に活かす手法です。次世代型の組織開発ともいえるでしょう。
参考:渡辺 誠『米国人エグゼクティブから学んだポジティブ・リーダーシップ -やる気を引き出すAI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)』秀和システム,2016年
5.組織開発を取り入れている企業事例〜ヤフー株式会社
欧米を中心に発展してきた組織開発。日本で知られるようになったのは2015年以降といわれます。
そんな中、2012年から本格的に組織開発に取り組んできた企業があります。ヤフー株式会社です。
この章では、ヤフーの取り組みについて詳しくご紹介しましょう。
5-1.いち早く2012年から人材開発への取り組みを開始
ヤフーには「デジタル時代の最先端企業」というイメージがあります。しかし実は「組織開発」による人を育てる取り組みを実直に行ってきた企業です。
ヤフーの組織開発の始まりは2012年にさかのぼります。変化が激しく新しいサービスを生み出さなければ淘汰されてしまう業界で、その当時いわゆる「大企業的病」的なところもあったというヤフー。
経営陣は未来への危機意識を持ち、組織改革を始めたのです。その改革の一環が組織開発でした。
5-2.対話を増やす施策を続々投入
ヤフーでは組織開発によって「組織の自走力」を強化するというコンセプトを掲げ、そのための支援策を続々と投入しました。
その具体的な内容は、下記表をご覧ください。
<ヤフーの“組織の自走力”を強化するための支援>
1.バリュー発布 |
企業理念の刷新、浸透 |
2.フォロワーシップ |
フォロワーの当事者意識、自律を促すマインド醸成 |
3.社員と経営陣の対話 |
経営陣と社員の膝詰め対話の場づくり |
4.ワールドカフェ |
バリューや新人事制度の運用方を、社員主導で考える |
5.1on1ミーティング |
管理職と部下の対話習慣化。コーチング手法を全管理職に展開 |
6.ななめ会議 |
アシミレーション。部下から上司へのフィードバックの場 |
7.ジョブチェン |
社内FA制度の刷新によるキャリア自律促進 |
8.人材開発会議 |
関係者が一同に会し、部下の人材開発方針を決める会議の開始 |
9.経営メンバー合宿 |
経営課題解決会議の実施と、経営陣の関係の質向上 |
10.ES調査 |
全社・組織コンディションの可視化と定点観測 |
出典:ダイヤモンド・オンライン
組織開発において「対話」が重要であることは繰り返し述べてきた通りです。ヤフーの施策も多くが従業員同士の対話の機会を増やしその質を高めることを意図していることがわかります。
5-3.組織開発を企業文化として定着させることに成功
ヤフーでは、2012年の組織開発スタート以降、2013年には組織開発の専門チームが各部門に組織開発を実施。部門を超えての連携強化が図られました。
2015年以降になると、各部門の管理職に組織開発のナレッジが展開され、組織開発が企業文化として定着していきます。
2016年には「ODNJエクセレントアワード組織賞 2016」を受賞しています。これは組織開発のアプローチによって組織を活性化させた組織や個人を表彰するアワードです。
具体的にヤフーが評価されたポイントは、以下の通りです。
・1on1ミーティングを経営陣をはじめとする全従業員に対して導入
・人事上の仕組みづくりと連動しながら組織開発アプローチを実践
・社内で組織開発をおこなう部署を設置し組織強化においても重要な役割を担っている
現在では、組織開発を行っている代表的な企業として広く認知されるまでに至っています。
参考:ヤフー流・新サービスを生む人材が育つ「組織開発」の仕組み|「人が育つ組織」探訪|ダイヤモンド・オンライン
6.組織開発に取り組むときの注意点
組織開発は組織に多くの成果をもたらしてくれるものです。しかし、取り組む前には知っておいてほしい注意点が3つあります。
1.取り組み前にその職場や部門、組織のリーダーと合意する
2.変化への否定的な抵抗に適切に対処する
3.組織開発に終わりはない(半永久的に続けていく)
順に詳しくご説明しましょう。
6-1.取り組み前にその職場や部門、組織のリーダーと合意する
組織開発に取り組む際には、「その職場や部門、組織のリーダーと合意する」というステップが非常に重要とされています。
組織開発は、外部からの働きかけで行うものではなく、当事者自らが主体性を持って進めないとうまくいかないからです。
前述のヤフーの例でも、うまくいったケースの共通点として「その組織トップの変革へのコミットメント」を担当者が挙げています。
組織開発は、決してトップダウンで行うべきではありません。まずはその部門のトップであるマネジャーやリーダーに組織開発とは何なのかを説明します。そして組織開発を行うことへの合意を得てからスタートしましょう。
6-2.変化への否定的な抵抗に適切に対処する
組織開発の取り組みが展開されていくと、「変化すること」への抵抗が起きることがあります。例えば、新しい試みや対話に対しての「やる意味あるの?」「忙しくて時間がない」といった拒否的な反応です。
実は、このような抵抗が起きるのはごく自然なこと。逆に、不満や文句が表出するということは、組織開発がうまく行っている証でもあります。
この抵抗にも「対話」で対応していきます。対話を繰り返すことで、捉え方や意味づけに変化が起き、抵抗感が徐々に薄れていきます。
対話だけで抵抗感をなくすことができない場合には、「小さく試みる(試行)」ことが有効です。人は実際に体験してみないと、やることの意味が腹落ちしません。
そこで、小さく試みて成功体験を繰り返せば、少しずつ抵抗感を減らすことができます。
6-3.組織開発に終わりはない(半永久的に続けていく)
組織開発には、終わりはありません。組織開発は英語で「Organization Development」ですが、“Development”には「進展、発展、発達、成長」という意味があります。
組織では、常に新たな課題が発生しています。新たなメンバーの受け入れ、業務内容の変化、チーム編成の変更……さまざまな変化の中で、絶え間ない対話と探求を繰り返していくのが、組織開発の本質となります。
組織開発は、1つの問題を解決するための短期的な手法ではありません。組織の協働性を高め発展し続けるための永続的なアプローチとして、長期的な視点を持って取り組んでいきましょう。
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7.まとめ
組織開発とは「組織を良くするために、当事者として対話し現状に気付き、行動を計画して実行していく」マネジメント手法のことです。
目に見えない「人間的側面」にアプローチするのが特徴です。「対話」と「協働」が重要キーワードとなります。
組織開発の具体的な手法は数多くありますが、代表的なものとして次の3つが挙げられます。
1.アクション・リサーチ
2.コーチング
3.AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)
組織開発を取り入れている代表的な企業にヤフーがあります。2012年から取り組みを開始し、現在では企業文化として定着させています。
自社で組織開発に取り組む際には、次の3点に注意してください。
1.取り組み前にその職場や部門、組織のリーダーと合意する
2.変化への否定的な抵抗に適切に対処する
3.組織開発に終わりはない(半永久的に続けていく)
組織開発を行うことで、従業員にとっては働きやすく、企業にとっては生産性の高い組織へと成長していくことができます。ぜひ、あなたの会社でも実践してみてください。
<参考文献>
中村 和彦, 松尾 陽子『マンガでやさしくわかる組織開発』日本能率協会マネジメントセンター,2019年
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