
3. 新しい人事制度を導入した先進3社の企業事例
ここまで、人事制度のトレンド傾向と具体的な制度をご紹介してきました。なんとなくイメージはつかめてきたでしょうか。
本章では、企業事例を通じて、現場での運用方法を見ていきましょう。ご紹介する企業は次の3社です。
①アドビシステムズ
②ゼネラル・エレクトリック
③メルカリ
3-1. アドビシステムズ
出典:Adobe
まず「チェックイン」の項で簡単にご紹介した、アドビシステムズ株式会社(以下アドビ)の事例からご紹介します。
従来のアドビでは、年間目標の達成状況によって評価を行う仕組みを導入していました。
しかし、評価を行うマネジャーに膨大な負担がかかる一方、従業員のモチベーションは低下。年に1度のパフォーマンスレビュー(評価結果をフィードバックする面談)の直後に、離職者が増えるという状況にありました。
そこで新たに導入された人事制度が「チェックイン」です。原点には「評価の目的は、従業員をランクづけして報酬を決定することではなく、それぞれのパフォーマンスを最大化すること」という考えがありました。
そのためには「1年に1回のフィードバックでは不十分」と考えたアドビ。年間を通じた上司と部下の頻繁なコミュニケーションで、部下の成長を支援する体制へと、大きく方針転換したのです。
新たな制度の主軸となるのは、「チェックイン」と呼ばれる面談です。チェックインとは上司と部下が1対1で対話する場を指す言葉。
チェックインは最低でも3ヶ月に1回以上行うことが推奨され、チェックインで話すトピックは下記の通り定められています。
出典:SELECK
チェックインを導入した結果、従業員の満足度や離職率は改善し、株価も3倍に上昇しているとのこと。
従業員アンケートの結果も、「アドビを働きがいのある会社として勧められる」と回答した社員が10%増え、「上司からのフィードバックが役立つものである」と回答した社員も、同じく10%増加しています。
離職率も大幅に減り、導入から5年を迎えた今では、株価が当初の3倍に上昇するなど、順調に成長しています。
出典:SELECK
アドビが人事制度の改革プロジェクトに着手したのは2012年。収益は2011年〜2014年頃までほぼ横ばいで推移していましたが、2015年以降は著しく伸長。2019年度の収益は過去最高となる111億7,000万ドルに達し、前年比24%増となっています。
この快進撃の裏には、「チェックイン」という新たな人事制度導入があったのです。
参考:『Works 138』リクルートワークス研究所,2016年
3-2. ゼネラル・エレクトリック
出典:GE.com Japan
次にご紹介するのは、ゼネラル・エレクトリック(以下GE)です。かつて「9ブロック」という厳しいランク付け制度を導入していたことは、前述の通りです。
9ブロックをやめて「パフォーマンス・デベロップメント(PD)」の人事制度へ大きく舵を切ったことについて、GEの人事担当者は以下のように語っています。
「上司と部下のコミュニケーション量を増やし、頻度を高める仕組みを導入した」と、GEヘルスケアのアジアパシフィック人事本部長、工藤司氏は説明する。「従来の仕組みでは、部下と前年の振り返りをし、レーティングを決定するまでの1月から3月の間は上司と部下の対話量はぐんと増えるのですが、そのほかの時期には減る。これを平準化し、年中、オンタイムでコミュニケーションを取るほうが明らかに社員を成長させると考えました」
出典:『Works 138』リクルートワークス研究所,2016年,P.18
「年中、オンタイムでコミュニケーションを取る」ための仕組みとして軸となるのが「タッチポイント」と「インサイト」です。
タッチポイントは、前項でご紹介したアドビの「チェックイン」にあたるもので、おおむね月に1度、上司と部下の1対1の面談が行われます。
タッチポイントで話されるトピックは、会社やチームとして優先すべき課題、進捗状況、今後のキャリアなどです。
さらに特徴的なのが「インサイト(気付き)」と呼ばれる360度・オンタイムのフィードバック。上司や部下、同僚など周囲の誰もが、誰に対してもタイムリーに、そして気軽にフィードバックを行います。
このインサイトの交換が行われるのは口頭ではありません。GEではパフォーマンス・デベロップメント用のツールを導入しており、インサイトはスマホやパソコンで使える専用アプリでやり取りされるのです。
イメージとしては、LINEやTwitterのコミュニケーションのようなフランクさで、日々フィードバックが積み重ねられています。
このような新たな人事制度が導入された結果、GEでは社員が失敗に対して前向きな姿勢を持つようになり、社員の能力とモチベーションが引き出されるようになりました。
アドビと同じくGEにも見られるのが、「従業員の成長を最大化しパフォーマンスを向上させるために、そもそも必要なこととは?」と原点に立ち返る姿勢です。
既存の枠を取っ払い、「そもそも論」として人材制度の存在意義から見直す姿勢こそ、参考にすべき点なのかもしれません。
参考:『Works 138』リクルートワークス研究所,2016年
3-3. メルカリ
出典:メルカリ
ここまで外資系企業2社を取り上げましたが、国内企業の中にも、トレンドの人事制度を取り入れている企業が増えてきました。
例えば、2013年創業の株式会社メルカリでは、3ヶ月に1度という短期スパンで「OKR評価」と「バリュー評価」の2軸を用いて評価を行っています。
以下はメルカリ人事担当者のインタビュー記事からの引用です。
石黒さん:私たちは「OKR(Objective and Key Results)」と「バリュー」という2つを用いた人事評価を行っています。
「OKR」は、シリコンバレーのIT企業などで用いられている手法で、全社の目標(Objective)に従って、それを実現するために達成すべき結果(Key Results)を各組織・各個人で設定するというもの。「バリュー」は、メルカリが大切にする3つの行動指針「Go Bold」「All for One」「Be Professional」が実践できたかを評価するものです。
一般的な言い方をすると、定量評価と定性評価の2軸だと捉えていただければわかりやすいかと思います。メルカリでは、この2つをもとに、3ヶ月に1度のタイミングで振り返り、見直していくことを繰り返していますね。(中略)
OKRは成果主義型の人事制度における目標管理制度の一種です。メルカリでは、OKRとバリュー評価を共存させることで、多面的な評価を可能にしています。
さらに注目したいのは、バリュー評価への取り組み方です。
メルカリには、
- Go Bold(大胆にやろう)
- All for One(全ては成功のために)
- Be Professional(プロフェッショナルであれ)
という3つのバリューがあります。
バリューに則った行動をしたメンバーには「Value賞」、そのすべてを体現したメンバーには「MVP賞」が贈られます。表彰制度として社内に浸透させることで、「バリュー」重視の企業姿勢を強く打ち出しているのが特徴です。
加えてメルカリは「ピアボーナス」も導入しています。「mertip(メルチップ)」という名称で運用されており、スタッフ同士でリアルタイムに感謝・賞賛し合うと同時に、インセンティブとして一定額を贈り合える仕組みになっています。
ピアボーナスの導入により、3つのバリューを体現する考え方や働き方の可視化を促し、従業員のバリュー実践を多方向から後押しする仕掛けを構築しているのです。
※さらに詳しく知りたい方は「メルカリメンバーが会社の出来事に“我が事“感を持つ理由」も併せてご覧ください。
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4. トレンド人事制度を導入する3つのメリット
「うちの会社でも人事制度にトレンドを取り入れたいけど、長所・短所を知っておきたい」
そんな方のために、ここからはトレンドの人事制度を導入するメリットとデメリットを見てみましょう。
まずは3つのメリットから解説します。
①組織の生産性の向上が期待できる
②人材獲得の競争力を高められる
③生産性の低い人材を放出できる
4-1. 組織の生産性の向上が期待できる
1つめのメリットは「組織の生産性の向上が期待できる」ことです。
ここまでお伝えしてきたように、新しい人事制度の多くは「組織の生産性をアップさせるためには、どうすれば良いのか?」という視点から生まれています。
古い人事制度が、形式的に運用されている企業がトレンドの人事制度に変更すれば、生産性が劇的に向上することもあり得ます。
あるいは「成果主義型の人事制度で成長が頭打ちになっている」という企業では、次の段階に進む突破口となるかもしれません。
4-2. 人材獲得の競争力を高められる
2つめのメリットは「人材獲得の競争力を高められる」ことです。人事制度のトレンドは、社会情勢を色濃く反映しています。トレンドの人事制度を導入することは、社会のニーズに応えることにもつながるのです。
就職・転職活動中の人にとって、人事制度は「その会社に入社するか否か」を決定づける重要ポイントです。人事制度が古い企業は「時代遅れ」とネガティブな印象を持たれ、人材獲得の競争力が低下するリスクがあります。
適宜トレンドを取り入れながら人事制度を変えていくことは、優秀な人材の獲得力を高める効果があるのです。
4-3. 生産性の低い人材を放出できる
3つめのメリットは前項とは逆に、「生産性の低い人材を放出できる」ことです。
現在トレンドとなっている人事制度には「透明性のあるオープンな運用」という特徴があります。これは、企業側だけの話ではありません。
多角的な評価を実施する分、従来の人事制度であやふやとなっていた従業員の勤務実態も、明るみに出ることになります。
会社が成長していく中で悩ましいのは、成長についてくる意欲のない従業員の存在ではないでしょうか。トレンドの人事制度には、そういった従業員の隠れみのを排除し、問題を顕在化させる効果があるのです。
オープンな人事制度が肌に合わない従業員は居心地が悪くなり、自然と離職していきます。結果として生産性の低い人材の放出につながることも珍しくありません。
5. トレンド人事制度を導入する2つのデメリット
次にトレンド人事制度を導入するデメリットを2つ、お伝えしておきましょう。
①ベテラン社員から反発が起きやすい
②失敗すれば組織の弱体化を招く
5-1. ベテラン社員から反発が起きやすい
1つめのデメリットは「ベテラン社員から反発が起きやすい」ことです。「長年、会社に貢献してきた」という自負のあるベテラン社員ほど、人事制度の変化に反発を示しやすいものです。
前述の通り、生産性の低い社員の離脱はメリットですが、優秀な人材まで放出することにならないよう、細心の注意を払わなければなりません。
新たな人事制度導入の背景にある問題意識や将来のビジョンを共有しながら、根気強く理解を求める必要があるでしょう。
5-2. 失敗すれば組織の弱体化を招く
2つめのデメリットは「失敗すれば組織の弱体化を招く」ことです。
人事制度は、企業に存在する各種制度の中でも、最もセンシティブな制度です。人間のやる気・やりがい・信頼といったメンタルに直結するため、失敗すれば一気に組織が崩壊することになりかねません。
特に、トレンドの人事制度は登場してから日が浅く、十分な効果検証が行われていないものもあります。「流行りだから」「成功企業が導入しているから」という理由だけで導入するのは危険です。
従業員一人ひとりの生活を変えうるデリケートな問題であることを踏まえ、慎重さを失わない配慮ある姿勢が求められます。具体的にどんな点に注意すべきなのか、次の章で詳しく解説します。
6. 人事制度にトレンドを取り入れる上での注意点
トレンドの人事制度は、企業に大きな成長をもたらすポテンシャルを秘めています。その価値を享受するために、注意したい3つの点をお伝えします。
①効果がどれだけ副作用を上回るのか分析する
②制度の本質を見極め自社に適合させる
③導入プロセスの設計にこそ注力する
6-1. 効果がどれだけ副作用を上回るのか分析する
1つめの注意点は「効果がどれだけ副作用を上回るのか分析する」ことです。デメリットの章でもお伝えしたように、人事制度の変更にはベテラン社員からの反発や組織の弱体化などのリスクがあります。
トレンドの人事制度を取り入れたことで得られる「効果」が、想定される「副作用」をどれだけ上回るのか、慎重にシミュレーションを行なってください。
その際には、感覚的・主観的な判断ではなく、数値・データをもとに客観的な分析が必要です。導入後の業績推移、人件費、人員分布などの予測を行い、新制度の貢献度を根拠を持って見積りましょう。
新制度を導入する際には、考え得る副作用と、それに対する対策をあらかじめ準備しておくことも大切です。
6-2. 制度の本質を見極め自社に適合させる
2つめの注意点は「制度の本質を見極め自社に適合させる」ことです。
他社の成功事例を見ると、そっくりそのまま、自社でも真似したくなるものです。しかし、他社で成功したものが自社で成功するとは限りません。
倣うべきは成功事例の「本質(骨子)」であって、制度の細部は自社専用にカスタマイズが必要です。
自社に制度をマッチングさせる工程を丁寧に行った企業ほど、新たな制度で成果を上げることができます。トレンドを「自社にピッタリと適合させる」プロセスを重視しましょう。
6-3. 導入プロセスの設計にこそ注力する
3つめの注意点は「導入プロセスの設計にこそ注力する」ことです。「どんな制度を導入するか」はもちろん大切ですが、同時に深く検討したいのが「どんなプロセスで導入するか」です。
- いつから実施するのか
- 従業員への説明はどう行うのか
- 定着させるための研修はどう行うのか
- 導入後に問題が発生したらどう修正するのか
など、導入プロセスを綿密に設計することが、成功のカギを握っています。従業員に新制度が受け入れられ、効果的に機能するためのフォローを、手抜きなく行いましょう。
※さらに詳しく人事制度の設計について知りたい方は「人事制度を設計する手順とは?会社を成長させる戦略的やり方と注意点」 も併せてご覧ください。
7. まとめ
2020年代以降の人事制度のトレンドは、以下の傾向があります。
具体的には次の制度として運用されています。
①バリュー評価
②360度評価
③パフォーマンス・デベロップメント(PD)
④チェックイン(Check-in)
⑤ピアボーナス
新しい人事制度を導入している先進企業として、アドビ・GE・メルカリの3社をご紹介しました。
トレンド人事制度を導入するメリットとデメリットは以下の通りです。
人事制度にトレンドを取り入れる上では、以下の3点に注意してください。
①効果が副作用をどれだけ上回るのか分析する
②制度の本質を見極め自社に適合させる
③導入プロセスの設計にこそ注力する
人事制度は、時代の変遷とともに移りかわっていくものです。企業の成長と人事制度のトレンドは、切り離せない関係にあります。
人事制度で遅れを取れば、競争力を失うことにもなりかねません。トレンドのエッセンス(本質)を人事制度に取り入れて、より強い組織づくりを目指していただければ幸いです。