
現代社会において、従業員の行動規範は企業の命運を左右するといっても過言ではありません。
実際、従業員一人の軽率な行動が経営危機を招く原因になる場合もあります。企業がクレドや行動指針を取り入れる意義も、そうした部分にあるといって間違いありません。
ただ、概念を導入するには、その概念を詳しく理解していることが前提です。
そこで今回は、クレドの意味や歴史、クレドと行動指針の違いなどについて解説します。
1.クレドとは何か!その意味と目的、歴史まで

企業活動を円滑に進めるうえでは、社是や企業理念を掲げることはとても重要です。
社是や企業理念といった概念は、会社が発足時から掲げている目標のようなものであり、経営という果てしない航海における帆のような役割を果たす概念となります。
実際、企業理念がなければ、企業は進むべき方角に進めず、広い海をさまようばかりとなるでしょう。しかし、どれほど崇高な企業理念を掲げていたとしても、船の乗組員がそれをしっかり理解していなければ、船はあらぬ方角へと航行してしまうに違いありません。
むしろ、経営において重要なのは、理念を掲げることより、理念を全体に浸透させることなのです。そのように、企業理念の浸透において重要になってくるのが、クレドという概念です。
そもそもクレドって?
クレドとは、英語で「Credo」と書き、「信条」という意味を持つ単語です。その語源はラテン語にあり、ラテン語の「信じる」という言葉からクレドという用語が生まれました。
近年では、特に企業において注目され、ビジネス用語としてのクレドは、企業理念や行動規範、従業員が共有する価値観などを表す言葉として解されるのが一般的です。
また、そうした価値観や行動規範が書かれた「クレドカード」をクレドと呼ぶ場合もあります。
クレドの目的とは
ビジネス用語としては、クレドは「企業理念」とほぼ同一の意味を持つ言葉です。
しかし、クレドは単なる企業理念というよりは、より具体的かつ実践的な意味を持つ用語でもあります。特にコンプライアンスが重要視される現代社会では、法規制に先んじて企業が自主的に行動を規制する姿勢が求められます。
そのためには、経営陣も含めた従業員全員が、ミッションやビジョン、価値観などをあらかじめ共有しておかなければなりません。クレドの目的は、まさにそこにあります。
クレドは企業理念や価値観をより具体的かつ実践的に落とし込むための概念であり、ツールです。従業員の意識改革を実現し、コンプライアンスの遵守や継続的な人材の育成につなげることにクレドの目的があるのです。
また、クレドには、企業の経営拡大に伴う従業員数の増加に対応するという目的もあります。
従業員の数が増えれば、その分だけ全員が同じ価値観を共有するのは難しくなります。経営陣の理念や目標が末端まで伝わりにくい構造は、いわば大企業の宿命ともいえますが、それを放置していては、企業活動は足並みのそろわないチグハグなものとなってしまうでしょう。
そこで、クレドです。クレドは企業が持つべきミッションやビジョンをより簡潔に表現したものなので、増加した従業員が価値観や行動指針を共有する際にも有効な方策のひとつなのです。
クレドの歴史を紐解く
クレドは決して新しい概念ではありません。
歴史的には、1943年にジョンソンエンドジョンソンが考案し、世界に広めたとされていますが、従業員の行動規範を定めて、それを浸透させるという取り組み自体は日本でも古くから行われていたことです。
企業の事例ではありませんが、古くは坂本龍馬が結成した海援隊でも「海援隊規」という隊員の行動規範を定め、組織の意識を統率するという改革が実際に行われていました。
このように、クレドは決して日本人に馴染みのないものではなく、実は当たり前のように実践している取り組みの延長上にあるものなのです。
2.企業理念とは違う?行動指針って何?

クレドと同じ意味を持つ言葉として、行動指針も一般的に使われるビジネス用語のひとつです。
企業が活動していくうえで、行動指針は企業理念と同様に重要な概念だといえます。ただ、企業理念と行動指針は、しばしば混同されやすい用語でもあります。
以下、行動指針の意味や目的を、企業理念との違いから深く堀り下げてみましょう。
行動指針とは何か
一般的な意味での行動指針は、個人が自分の目標を定め、その目標を達成するためにどうするべきかを示す活動の方針のことです。
たとえば、大学に合格することが目的なら、その目標を達成するために1日10時間勉強することを決めたとしましょう。この「1日10時間勉強する」というのが行動指針です。
もちろん、これは個人レベルでの話ですが、企業という組織でも同じことが言えます。
組織においては、たとえば「1億円の売上を実現する」という目標を設定し、それに向けてどうするべきかを定めます。このとき定められた「どうするべきか」という部分が、組織における行動指針です。
このように、行動指針とは目標に向けて定める活動の方針です。
行動指針を定めるためには、そもそも目標を設定しなければなりません。
企業活動においては、まさにこの目標が企業理念にあたります。
企業理念とは、その企業が大切にしている理念や価値観のことです。その理念を達成するために、行動指針が作られ、従業員はその行動指針に則って企業理念を実現するために活動することになります。
行動指針にはどういう目的があるの?
行動指針の目的は、従業員の行動に基準を生み出すことにあります。
行動指針は、目標を達成するために具体的にどういう行動を取るべきなのか、詳細に定められた企業活動の基準となるものです。
もし、行動指針の決まりがなかった場合、従業員は自分が何をするべきかわからず、無駄な業務に従事することが増えてしまうでしょう。
行動指針が明確に定められているからこそ、従業員は適材適所、効率的に自分の仕事に邁進することができるのです。
また、行動指針には、企業理念を浸透させるという目的もあります。
企業理念を従業員に示すことは確かに重要です。しかし、ただ理念を示しただけでは、結局のところ従業員は何をしたら良いのかわからず、それぞれがバラバラに行動してしまうでしょう。
行動指針とは、いわば企業理念を従業員一人ひとりの行動に落とし込んだものです。日常レベルの活動から、企業理念を体現できるように具体化したものが、行動指針なのです。
行動指針の歴史とこれから
行動指針は、受験の際の勉強の仕方などのように、個人レベルでも日常的に体験していることです。ビジネスの世界でも、行動指針という明確な言葉で表現されてはいませんでしたが、目標達成のために自分がすべきことをするという考え方自体は、日本の会社でも古くから存在したものです。
ただ、事業規模が拡大し、大企業に成長した会社では、経営陣の意向をトップダウンで末端まで伝えることは難しくなっていきます。
また、働き方改革など、従業員の労働環境についても見直されており、その意味でも行動指針の重要性は以前よりも増していると言えます。
行動指針の浸透と徹底は、従業員が自分のやるべき仕事に従事しやすい環境を作り、働き方の改善やモチベーションの向上にもつながる取り組みです。
企業理念を広く浸透させ、数多い従業員の進むべき方向性を定める道しるべとして、これから先の時代は行動指針が更に重視されるようになることが予想されます。
3.実は同じ言葉?クレドと行動指針の違いとは

クレドは、「信念」や「基本信条」という意味のほか、「行動指針」という文脈で使われることもある用語です。
その使い方自体、間違った用法ではありません。実際、クレドと行動指針は、ほぼ同じ意味で使われる場合がほとんどです。ただ、この2つの言葉には微妙なニュアンスの違いがあることも確かです。
行動指針が向かうべき方向を示してくれるコンパスであるなら、クレドは向かうべき方向を指示するわかりやすい言葉といったところでしょう。
目的としていることは同じでも、そのやり方に微妙な違いがあります。コンパスがあれば方角はわかりますが、それ以上に言葉で示してくれたほうが自分の進むべき道はわかりやすくなるものです。
このように、クレドと行動指針の違いは、進むべき方策がより具体的、あるいは実践的に示されているかどうかにあると言えます。
行動指針に比べて、クレドはより日々の活動に落とし込まれている印象といったところでしょうか。とはいえ、近年はクレドと行動指針を同一のものとして扱う傾向が強まっていることも事実のようです。
実際、多くの企業では、行動指針をかなり具体的に明示しており、ある企業では10個の行動指針を詳細に掲げて従業員に徹底させています。
クレド自体は昔から存在した概念ですが、日本においてクレドは行動指針より新しい言葉です。それだけに、どうしても両者の違いを意識してしまいがちですが、本質的には同じ意味を持つ言葉であるため、そこまで言葉の違いにこだわる必要はないでしょう。
4.クレドや行動指針があらためて重要視される理由

クレドや行動指針が注目されるようになったのは、少なくとも21世紀に突入して以降のことでしょう。特に2000年前後は、企業による粉飾決算や食品産地の偽装、安全基準のデータ改ざんなどが横行した時代です。
それ以降、企業では特にコンプライアンスを重視した経営が叫ばれるようになりました。とりわけ、ネットやSNSの普及によって、企業の悪評や不祥事は一気に世間の隅々まで広まってしまいます。
そうした不祥事が原因で、経営危機や経営破綻に追い込まれてしまう企業も少なくないため、企業は従業員一人ひとりに至るまで行動指針を徹底せざるを得なくなっているのです。
そうした背景があることから、クレドや行動指針を策定し、それを広く会社の末端まで浸透させる取り組みが重視されるようになってきています。
それ以前の企業習慣において、クレドや行動指針はあくまで企業理念の徹底やミッションやビジョンの実現のために策定するものでしたが、近年は特にコンプライアンスの徹底という目的でクレドや行動指針を定める企業も少なくありません。
また、いざ経営の根幹を揺るがすような不祥事が起こったときでも、従業員が価値観を共有し、同じ理念のもとに行動していれば、問題にも迅速に対応することができるでしょう。
つまり、クレド・行動指針は、単に企業理念やビジョンを共有するためだけではなく、コンプライアンス対策やリスクマネジメントの一種としても見直され始めているのです。加えて、政府が推し進める働き方改革も、クレド・行動指針の捉え方に影響を与えています。
クレド・行動指針の徹底は、従業員がするべきことをはっきりさせ、自らの行動に主体性や責任感を持って仕事にあたらせることにも一役買ってくれる取り組みです。
たとえば、従業員が難題に直面したときでも、クレドや行動指針が手元にあれば、自分の力で難問を解決する手助けとなるでしょう。それは従業員エンゲージメント、すなわち働く満足度の向上につながります。
クレド・行動指針は、抽象的な表現ではなく、従業員が取り組むべきことを具体的に明示した指針です。
従業員一人ひとりに寄り添った行動方針だからこそ、一人ひとりの満足度につながりやすく、労働環境が見直されている時代において注目されている施策なのです。
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5.クレドや行動指針を定めることにデメリットはないの?

クレドや行動指針の策定は、企業にとって足枷になるようなことはまずありません。
クレドを定めることは、従業員の進むべき道を開くことですから、経営をスピーディに進め、コンプライアンスの時代を乗り切るためには必要な取り組みだと言えます。
ただ、クレドや行動指針は、運用の仕方を間違えると実のない対策になってしまいます。たとえば、実態に即していないクレドを安易に設定してしまったり、一度クレドを発表しただけで放置してしまったりしていれば、せっかくクレドや行動指針を導入しても宝の持ち腐れとなってしまうでしょう。
特に、クレドや行動指針は、単に上から示すだけでは、本当に従業員の日々の業務に落とし込まれているか判別が難しいものです。
従業員全員にクレドカードやハンドブックを持たせていたとしても、実際にカードに書かれていることが実践されているとは限りません。
この見極めが難しい点は、強いてあげればクレドや行動指針のデメリットと言えるかもしれません。
クレドの作成で重要なのは、それを浸透させる取り組みが充実しているかどうかです。たとえば、クレドに沿った行動ができている従業員に昇給や社内表彰をするなどのように、それを評価や報酬に直結させるといった施策が必要になるでしょう。
単にクレドカードを配布するだけ、朝礼でクレドや行動指針を唱和させるだけではなく、定めたクレドを日常に落とし込む施策を徹底してこそ、クレドや行動指針を定める本当の効果が生まれるのです。
6.成功した企業のクレド・行動指針導入事例を紹介

クレドや行動指針の策定・導入は、もちろんその企業の理念や風土、事業分野に即した指針を作らなければなりません。
そのため、他社のつくったクレドをそのまま自社に使っても意味がありませんが、クレドの導入に成功した企業の事例を参考にすることも大切です。そこで、クレド・行動指針の実例を紹介します。
成功したクレド導入の事例その1:トヨタ
トヨタでは、フィロソフィーコーンと呼ばれる円錐形のモデルを作り、自社ならではのミッションやビジョンを視覚的に規定しています。
このフィロソフィーコーンは創業者である豊田佐吉の考えを頂点とし、それを実現するためにどうするべきかを「Value」「Mission」「Vision」という3段階の基準で構成したものです。
そして、経営陣の考えを視覚的に表明すると共に、そうした企業理念を達成するための行動指針を10個クレドとして以下のように示しています。
・「だれか」のために
・誠実に行動する
・好奇心で動く
・ものをよく観る
・技能を磨く
・改善を続ける
・余力を創り出す
・競争を楽しむ
・仲間を信じる
・「ありがとう」を声に出す
このように、トヨタでは単に経営陣が企業理念を示すだけではなく、それを従業員一人ひとりに至るまで落とし込むために、誰しもがわかりやすい言葉を使って行動指針を示しているのです。
短い言葉で簡潔に表現することで、従業員が実践しやすいように工夫されている点にポイントがあります。
成功したクレド導入の事例その2:ニチレイフーズ
冷凍食品を手掛ける食品大手のニチレイフーズでは「ハミダス」活動と名付けられた活動を積極的に展開しています。
「ハミダス」とは「とらわれず、明るく」というモットーを表したニチレイフーズが造った造語です。「くらしに笑顔を」というコンセプトで活動しているニチレイフーズは、従業員が明るく元気で活動することを「ハミダス」という言葉で表現して、それを社内外に奨励しました。
この「ハミダス」というモットーに基づいて、ニチレイフーズでは5つの行動指針が示されています。
クレドというと、どうしても堅苦しいイメージになりがちですが「ハミダス」というように社風に合わせた軽快な言葉で表現することによって、クレドが持つ堅苦しさを払拭しています。
クレドを効率的に浸透させる画期的な取り組みだと言えるでしょう。
成功したクレド導入の事例その3:JTBプロモーション
クレドを作成して、従業員にクレドカードを持たせたとしても、実際に浸透しているかどうかはまた別の問題です。
広告宣伝事業や各種イベント業を展開するJTBプロモーションは、早くからクレドを導入していた企業として知られていますが、作成したクレドがなかなか浸透しないという問題を抱えていました。
そこで、経営陣は従業員に大規模なアンケートを実施し、自社がそれまで使っていたクレドを根本から見直す取り組みを始めたのです。
アンケートによって本当に必要なクレドを見定め、また従業員も参加しながら新しいクレドが作成されたため、より従業員の実態に即したクレドが出来上がりました。
従業員にはクレドカードが配布され、現在では従業員全体にクレドの精神が行き渡る仕組みがつくられています。
これからの時代に不可欠!自社に合ったクレド・行動指針を作ろう
従業員が目的に向かって邁進するためには、明確な行動指針や活動方針が何より重要です。
特にコンプライアンスが叫ばれる時代では、従業員の行動規範を定めたクレド・行動指針が持つ意味はますます大きくなっています。
ただ、クレドや行動指針は、単に作成して公示するだけでは効果を発揮しないかもしれません。クレドを意義あるものにするためにも、成功した企業の事例などを参考にして、自社に合ったクレドを運用しましょう。
