
ヒト・モノ・カネ・情報。
全て重要な経営資源ではありますが、その中でも「ヒト」に悩みを抱えている経営者や人事担当者の方は多いのではないでしょうか。
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H27/PDF/chusho/07Hakusyo_part2-2_web.pdf
中小企業庁が行った調査によると、企業の抱える経営課題のうち、上位3項目が人材に関する課題であり、かつ4位以降を大きく引き離す結果となっています。
そんな多くの企業が抱えるこうした人材の悩みのに対して、近年効果的な解決策の1つとして注目を集めているのが「従業員エンゲージメント」です。
「従業員エンゲージメント」が高くなると、モチベーション向上や人材の定着率アップなど、人材に関する様々な悩みを広く改善することができると言われています。
とはいえ「従業員エンゲージメント」と言われても、その意味や内容、働きを明確に理解している人は少ないのではないでしょうか。
そこで本記事では、そもそも従業員エンゲージメントとは何か、定着率やモチベーションにどう関わっているのかを、取り組み事例から解説します。加えて従業員エンゲージメント向上のポイント、具体的なおススメの施策などをしっかりと解説していきますので、ぜひ最後までご覧下さい。
参照:「中小企業庁 中小企業・小規模事業者における人材の確保・育成」(https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H27/PDF/chusho/07Hakusyo_part2-2_web.pdf)
1.従業員エンゲージメントとは?
1-1.「従業員エンゲージメント」の意味
エンゲージメントとは、直訳すると「婚約」「契約」「約束」といった意味ですが、組織とその組織に勤める人材との関係性を表す場合の定義は「組織や職務との関係性に基づく自主的な貢献意欲」とされています。
組織におけるエンゲージメントの中には2つの種類があり、1つは「ワークエンゲージメント」、もう1つが「従業員エンゲージメント」になります。
ワークエンゲージメントは、仕事の内容に対する愛着や意欲であり、主体的に仕事に取り組んでいる心理状態を表すものです。
従業員エンゲージメントは、企業・組織との関係性に基づいた、企業や組織に対する愛着などであり、組織に対する自発的な貢献意欲を表すものです。
例えば、ワークエンゲージメントは高いが、従業員エンゲージメントは低いという場合は、「仕事は好きだけど会社のことは好きじゃない」というような状態のイメージになります。
逆に、ワークエンゲージメントは低いが、従業員エンゲージメントは高いという場合、「会社には愛着があるが目の前の仕事に身が入らない」というような状態になります。
今回の記事のテーマは従業員エンゲージメントであるため、個々の社員の組織に対する自発的な貢献意欲という部分に絞って、解説していきます。
1-2.従業員満足度/モチベーション/ロイヤリティとの違い
・従業員満足度
従業員がどれだけ会社そのものや職場に満足しているかを定量化したものであり、組織側が与えるものです。
給与、福利厚生、職場環境、人間関係などが従業員満足度を測る上での要素になります。
従業員満足度は、事業の収益や個人の生産性とほとんど相関性はなく、従業員満足度が仮に高くても、施策コストが増加するだけであるため、むしろ業績が悪くなる可能性があります。
一方、従業員エンゲージメントは、個人の意欲が組織にどれだけ向いているかを測定したものであるため、エンゲージメントの良し悪しと、仕事上のパフォーマンスが相関関係にある可能性が高いと言えます。
・モチベーション
モチベーションとは動機づけのことであり、個人が感じるものです。
つまり、個々の動機づけであるがゆえに、個人のパフォーマンスには大きく影響を与えますが、あくまでも個人で感じることであるため、モチベーションの高さが組織としての成果につながるとは限りません。
従業員エンゲージメントは、個々人と組織の関係性を表す指標であり、関係性が強ければ協働が行いやすくなり、組織として生産性を高めやすくなります。
・ロイヤリティ
最後に、ロイヤリティと従業員エンゲージメントの比較です。
ロイヤリティとは、自社に対する帰属意識、愛社精神などであり、その前提として主従関係や上下関係が含意されています。
従業員エンゲージメントは、あくまでも組織と個人相互の対等な関係に基づくものという位置づけになっています。
ロイヤリティが高いということは、組織にとって都合の良い人材が集まっているという意味では良いことに聞こえるかもしれませんが、主体性の欠如や、反対意見の出てこない組織になってしまう可能性があります。
短期的には良くても、長期的な組織の成長には繋がりづらくなるとも言えるかもしれません。
従業員と組織が対等な関係にある方が、主体性は生まれやすく、個人と組織が相互に成長できる可能性は高まります。
1-3.従業員エンゲージメントを高めるメリット
・業績に直結する
従業員エンゲージメントを高める効果は様々ありますが、最も大きなメリットは、エンゲージメントの高さが業績に直結するという点です。
米ギャラップ社の調査によると、上図の通りエンゲージメントの高い上位25%と下位25%とを比較すると、収益性、生産性、EPS、顧客満足度の高さがエンゲージメントが高さと比例していることがわかります。
また、品質の欠陥、離職率、事故、欠勤などのマイナス的な要因も、エンゲージメントが高い組織のほうが少ないということが、この調査によってわかりました。
従業員エンゲージメントをスコアリングするプラットフォームを提供するwevox社のデータでも、エンゲージメントと業績が直結することを裏付けるデータがでており、上図の通り、エンゲージメントの高さと売上伸長率は一定の相関関係があることがわかります。
・これからの時代に適した人材が定着しやすくなる
これまでの時代は終身雇用で従業員が辞めないことが前提でした。一方、これからの時代は人材の流動化がますます進み、転職やフリーランスのような働き方が当たり前になってくると考えられています。
つまり、エンゲージメント向上に努めるれば「ここで働きたい」や「ここに居続けたい」と思って人材が定着してくれる可能性が高まりますが、働きがいがなく愛着の持てない会社からは、ますます人が去っていってしまうのです。
また今は、VUCAと言われるほどに先行きが見通せず、急激な変化が絶えない時代です。ビジネスはもの凄いスピートで変わっていき、従来のやり方では通用しない場面が増えてきています。
こうした時代に求められるのは、自らの頭で考え行動できる自律的な社員です。つまり「自発的な貢献意欲」である「従業員エンゲージメント」が高い組織では、自発的な貢献意欲が高まり、結果自ら行動できる自律的な社員が育ちやすくなると言えます。
これからの時代を生き抜く人材を集めるという意味でも、従業員エンゲージメントの向上は重要です。
参照:「組織の未来はエンゲージメントで決まる 著者:新居佳英・松林博文 英治出版㈱」
2.従業員エンゲージメントが低い原因
米ギャラップ社の2017年の調査によると、日本のエンゲージメントスコアが高い社員の割合は6%であり、トップのアメリカとカナダの31%と5倍近い差がありました。
さらに言うと、日本は調査対象139ヶ国のうち132位と、最下位のレベルでした。
では、なぜ日本は世界的にみてエンゲージメントが低いのでしょうか。
その原因としては以下のことが大きいと考えられます。
2-1.終身雇用前提など、組織形態が環境にマッチしていない
日本の企業では、長い間人が辞めないことを前提として組織を運営してきてました。
つまり、社員が離職することあまりを考えずに経営ができていたため、エンゲージメントの向上に取り組むという概念すらないというのが、考えられる理由の1つです。
働く人材側も、そのような終身雇用をありがたく受け入れている傾向がありましたが、働き方が多様化し、転職や副業へのハードルも下がっている現状にはマッチしていない労働環境であると言えるでしょう。
2-2.ビジョンが浸透していない
JTBモチベーションズが2012年に行った調査によると、自社の企業理念を説明できる社員は全体の33%、企業理念を全く覚えていない社員は39%という統計データが出ています。
つまりそれは、「なんのために」仕事をしているのかがわからずに働いている人が多い、ということを表しています。
企業理念やビジョンなどの浸透を重視しなければ、組織と従業員のベクトルがずれやすくなり、例えば採用活動の場面でも「入社してみたらイメージと違った」というように早期離職の原因にもなりかねません。
わかりやすく心に響くビジョンがある会社は、従業員が仕事の意義を感じやすく、結果エンゲージメントが向上するという好循環が生まれやすくなります。
会社は、ビジョンに共感してくれる人たちが働きやすいように、ルールや仕組みを構築する必要があるのです。
参照:「組織の未来はエンゲージメントで決まる 著者:新居佳英・松林博文 英治出版㈱」
3.従業員エンゲージメントを高めた企業事例
3-1.スターバックス(Starbucks)
https://www.starbucks.co.jp/company/?nid=mm
まずは従業員エンゲージメントの高い企業として世界的に有名な、スターバックスの事例から紹介します。
スターバックスには、サービスに関するマニュアルがほとんどないという特徴があります。ドリンクカップへのメッセージやおすすめドリンクの紹介、おいしい飲み方のアドバイスなどのパートナー(店員)の行動は、すべて自発的に行っているものなのです。
そしてマニュアルがなくてもそうした行動が取れるのは、パトナー1人ひとりの従業員エンゲージメントが高いからだと言われています。
スターバックスはブランドの差別化要因の中の一つとして「Engaged Partners」を掲げ、従業員はスターバックスという会社と対等であり、尊重される存在であるという意味を込めて従業員のことを「パートナー」と呼んでいます。
スターバックスはなぜここまで、エンゲージメントを重視するようになったのでしょうか?
実は、2007年頃のスターバックスはアメリカでの業績が著しく悪化しており、その際に元CEOのハワード・シュルツが復帰、エンゲージメントを重視した経営で見事に業績を復活させたという経緯があります。
従業員エンゲージメントによって業績が大きな影響を受けることを痛感したスターバックスは、以後従業員エンゲージメントを重視した経営方針を掲げるようになったのです。
具体的なエンゲージメント向上の取り組みは、新しく入社するパートナーにミッションやバリューに共感してもらえるように働きかけます。
それだけでなく、スターバックスでの将来像ではなく、個人としての将来像や目標をパートナーに考えもらい、その上でスターバックスの仕事で何を身につけたいかを共に考え「個人の成長目標」を決めていきます。
加えて、店舗それぞれに掲げられたビジョンを実現するためにどのような行動をとればいいのかを言語化し、パフォーマンスに関する目標も設定していきます。
その目標を、4か月ごとの人事考課で振り返ります。
注目すべき点は、スターバックスのパートナーの8割はアルバイトや学生であり、このような人事考課やレビューを、その方たちに対しても行うという点です。
スターバックスのビジネスは「カフェ」事業です。仕事内容はマルチタスクが求められる大変なもので、決して楽なものではないでしょう。
そうした職種でもスターバックスで働き続けたい人が多いのは、こうした4か月ごとの人事考課を代表例としたフィードバックによって、成長を実感できることが大きいと考えられています。
フィードバックは、人事考課の場面だけでなく日常的に行われていますが、上司やマネージャーは、ティーチングではなくコーチングを行います。
つまり、叱ったり指摘したりせず「顧客がどう思ったか」「どうすれば良かったか」ということを、自分で考えられるような問いかけを行います。
また、相互評価の仕組みもあり、バリューに沿った称賛されるべき行動をしたパートナーは「Green Apron Card」というメッセージ付きのカードをもらえて、バリューを体現できる行動が何かを理解できる仕組みになっています。
学生時代にこういった経験を積むことで、自己理解や他者理解が深まり、その後の就職活動もうまくいきやすい学生が多いとのことです。
このような従業員エンゲージメントに対する取り組みによって、スターバックスは2020年9月時点で約32,000店舗を出店しており、2007年の約15,000店舗からは倍以上と、右肩上がりで店舗数を増加させています。
コロナ禍の影響で2020年の売上はマイナス成長となりましたが、2019年までは右肩上がりで、営業利益も順調に伸長しており、2020年のコロナ禍でも黒字を確保するという強さを見せています。
企業文化としてエンゲージメントに取り組む体質が定着しており、そこに共感するパートナーや顧客が集まることで業績も伸長し、社員も主体的に働きがいを持って働ける好例と言えるでしょう。
日本の人事部 マニュアルのないスターバックスは、なぜエンゲージメントを高められているのか:
https://jinjibu.jp/article/detl/tonari/1797/
https://jinjibu.jp/article/detl/tonari/1806/
シーゲル派の米国株投資 【SBUX】スターバックスの銘柄分析。店舗数とブランド力に強み。
3-2.ユーザベース(UZABASE)
次に、ForbesJAPAN(2017年8月号)が選ぶの「従業員エンゲージメントが高い企業トップ10」の8位に入っているユーザベースの紹介です。
経済ニュースプラットフォーム「NewsPicks」を運営している会社です。
エンゲージメントを向上への取り組みは、創業4年で経営陣がマネジメントに手が回らなくなった頃から行われるようになりました。
社員からマネジメント批判の声が上がるようになっていて、経営陣は危機感を募らせるようになったのです。
そこから経営陣で話し合った結果、価値観を明確にするべきではないかという結論に至り、「7つのルール」という価値基準(行動指針)を策定しました。
価値基準などを明確にする前は「伝えなくても何を大事にしているかは伝わっているはず」という風に考えていましたが、「7つのルール」を策定することで、社員に求める行動や姿勢が明確になり、社員に迷いがなくなり、結果として不協和音はなくなりました。
加えて「4つのやらないこと」を明確にし、より何をすべきか、何を捨ててもいいのかの判断を従業員が行いやすくしていきました。
規模がさらに拡大した2015年1月には、理念やビジョンを組織的に浸透させながらベクトルを合わせる目的で、「カルチャーチーム」という組織を立ち上げます。
具体的には、現場の課題を吸い上げてそれを経営層に伝え、解決策をフィードバックする役割を担っており、定期的に社員に対してアンケートを実施しています。
例えば、「人事評価における妥当性」が課題として浮上したケースがあります。
人事評価制度は、ミッションの「経済情報で世界を変える」、バリューの「7つのルール」に基づき制度設計されていましたが、当時は新しい社員が多かったこともあり、制度などを正確に理解していない社員が多くいました。
そのため、制度設計の仕組みやその思想、評価フロー、個々の目標設定の方法などの勉強会を実施し、会社の方向性と価値観の理解につなげました。
また、7つのルールを咀嚼し、イラスト付きで説明した「31の約束」という冊子を作ることで、採用の際に何を大事にしている会社かビジュアルで理解でき、フィットする人材が入社しやすくなりました。
また、海外にも展開している会社であるため、バリューやミッションなどが言語として伝わりにくい場合でも、ビジュアルで伝わりやすくなりました。
従業員エンゲージメント向上に取り組んだ結果、売上高は増収を続けており、エンゲージメントスコアも2017年6月時点で71.8、最高のAランクと高水準になっています。
ForbesJAPAN 強い組織のカギ「従業員エンゲージメント」が高い企業トップ10:https://forbesjapan.com/articles/detail/17225/3/1/1
SUPER CEO 世界を狙う組織のつくり方~ユーザベース崩壊の危機を救った「7つのルール」
モチベーションクラウド 「やらないこと」の徹底でつくられる、勝てる組織。組織偏差値70越え 株式会社ユーザベース:https://www.motivation-cloud.com/hr2048/2828
@engagement【JinJiのトリセツ】ユーザベースのバリュー「7つのルール」はどうやって浸透・徹底されているの?:https://atengagement.com/torisetu/uzabase/
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