
企業が成長を続けるためには、社員が安心して働き続けられる環境づくりが欠かせません。
それでも実際には、「人が育たない」「すぐ辞めてしまう」といった悩みを抱える企業が少なくありません。
優秀な人材の流出は、採用コストだけでなく、チームの士気や生産性にも影響します。
本記事では、離職率を下げ、社員が“辞めない会社”をつくるための7つの科学的アプローチを紹介します。
心理学・行動科学・データ分析などの知見をもとに、「心理的安全性」「称賛・承認文化」「キャリアの透明性」など、人の“内側”に働きかける仕組みをどう設計すべきかを解説します。
経営層や人事の方にとって、離職率の低下とエンゲージメント向上を両立させるための実践的ヒントになるはずです。
なぜ「離職率を下げること」が経営課題なのか

働き方の多様化や価値観の変化によって、人材の流動性はかつてないほど高まっています。
そんな中で、離職率が高い企業は「人が育たない会社」と見なされ、採用・育成・ブランドすべての面で不利になります。
離職によって発生するコストは、目に見える「採用費・研修費」だけではありません。
残された社員の疲弊、知識の流出、チーム全体のパフォーマンス低下といった間接的コストの方が深刻な場合もあります。
厚生労働省『令和5年雇用動向調査』によれば、2023年の平均離職率は15.4%。この数値を超えるようであれば、早急な改善が求められます。
特に注意すべきは、「一人の退職が連鎖を生む」点です。
同僚の退職をきっかけに「自分も転職を考え始める」という心理的波及は、企業文化を根本から揺るがす要因となります。
離職率の高さは採用ブランディングにも悪影響を及ぼし、結果として「優秀な人が集まらない」という負のスパイラルに陥るのです。
つまり離職率の低下は、人事の課題ではなく経営戦略そのもの。
企業が持続的に成長し続けるためには、社員の定着とエンゲージメント向上に取り組むことが欠かせません。
辞めない組織に共通する3つの科学的原則

離職率の低い組織は、給与や福利厚生といった条件面だけでなく、
社員が精神的に満たされ、安心して働き続けられる心理的・文化的な土壌を共通して持ち合わせています。
単なる制度設計ではなく、社員一人ひとりが自律的に貢献し、ポジティブな循環が生まれる環境が重要です。
近年、心理学・行動科学・組織論の研究でも、
「辞めない組織」にはいくつかの共通構造があることがデータで示されています。
本記事では、国内外の研究知見や企業データをもとに、
離職率の低い組織に共通して見られる3つの科学的原則を提示します。
それは、「心理的安全性」「称賛・承認文化」「キャリア透明性」です。
以下の表は、これら3つの原則の概要を整理したものです。
「心理的安全性」は、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念であり、
自分の考えや気持ちを誰に対しても安心して発信できる状態を指します。
Google社が行った大規模分析「プロジェクト・アリストテレス」でも、
チームの生産性を最も左右する要素としてこの概念が確認されています。
また、「称賛・承認文化」は、行動科学の観点からも効果が立証されており、
ポジティブなフィードバックの頻度が高いチームほどエンゲージメントスコアが向上し、離職率が下がる傾向にあります。
さらに、「キャリア透明性」は、キャリア心理学の研究で示されている通り、
社員が将来の成長パスを明確に描けることが、定着意欲を高める重要な要因です。
これら3つの原則は、社員の帰属意識を醸成し、自発的な貢献を促す上で極めて重要な要素です。
次の章からは、それぞれの原則をデータと事例を交えて詳しく解説していきます。
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心理的安全性の状態 |
職場の特徴 |
従業員への影響 |
組織への影響 |
|---|---|---|---|
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低い場合 |
発言・質問をためらう、ミスを隠蔽しがち |
ストレス、孤立感、エンゲージメント低下、離職願望 |
問題の未解決、組織の停滞、生産性の低下 |
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高い場合 |
安心して挑戦、信頼関係が深まる、意見交換が活発 |
帰属意識向上、離職率低下 |
イノベーション創出、組織全体の成長の基盤 |
心理的安全性 ― 恐れのない対話が離職率を下げる
心理的安全性とは、「失敗を恐れず意見できる環境」を意味します。
Googleの有名な「プロジェクト・アリストテレス」では、生産性の高いチームの共通点は心理的安全性の高さであることが明らかになりました。
心理的安全性が低い職場では、社員が発言を控え、ミスを隠し、チームが停滞します。
一方で、安全性の高い職場では、意見交換が活発になり、挑戦が増え、離職率が大幅に下がる傾向があります。
つまり、「恐れのない対話文化」が組織を強くするのです。
称賛・承認文化 ― 感情の可視化が定着を生む
人は誰しも「誰かに認められたい」という承認欲求を抱いています。この欲求が満たされることは、仕事へのモチベーションや組織へのエンゲージメント向上に直結します。逆に、承認欲求が満たされない状況が続くと、従業員の仕事への意欲は低下し、最終的には離職につながる可能性もあります。
称賛や感謝といったポジティブな感情を組織内で可視化し、共有することは、社員の自己効力感を高め、貢献意欲の向上につながります。これにより、人材定着率が30%も向上したという調査結果もあるように、組織全体の信頼関係強化や業績向上など、多方面にわたるプラスの効果が期待できます。
このような称賛・承認文化を組織に根付かせるためには、具体的な仕組みづくりが不可欠です。以下にその例を挙げます。
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日頃の感謝を伝える「サンクスカード」制度
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貢献度に応じてポイントを贈り合う「ピアボーナス」制度
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チャットツールでのスタンプ活用
これらの取り組みは有効ですが、称賛を特定の社員間だけでなく組織全体に広げるためには、経営層や管理職が率先して実践することが重要です。小さな貢献も見逃さずに認め、褒める風土を築くことで、文化として定着させていくことができます。
こうした取り組みを通じて、社員は自身の努力が正当に評価されていると感じ、組織への帰属意識をより一層高めることができるでしょう。
キャリア透明性 ― 未来を描ける人は辞めない
「キャリア透明性」とは、社員が自社内での昇進・昇格の基準、役職ごとの役割、必要なスキルといったキャリアパスを明確に理解し、自身の将来像を描ける状態を指します。社員が自身の成長が会社の成長に繋がると感じられるようになれば、学習意欲や貢献意欲が高まるでしょう。自身のキャリアの未来に見通しが立つことは、エンゲージメントの向上と離職率の低下に直結する重要な要素です。
このキャリア透明性を高めるためには、以下のような具体的な施策が有効です。
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キャリアラダー(職務等級制度)の公開
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1on1ミーティングでのキャリア面談の制度化
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社内公募制度やジョブローテーションの活性化
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公平性と透明性のある人事評価基準の策定と開示
実際に日本マクドナルドでは、アルバイトから正社員への登用制度を明確化することで、キャリアアップ支援を強化し、アルバイトの離職率低下に成功しました。また、評価基準の透明性を高めることは、従業員の成長意欲と組織への信頼感を高める効果も期待できます。社員が自分の未来を具体的に描き、主体的にキャリア形成に取り組める環境を整備することが、長期的な人材定着につながります。
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原則名 |
組織行動の例 |
従業員への効果 |
離職率低下への関連性 |
|---|---|---|---|
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心理的安全性 |
安心して意見を表明できる環境の提供 |
組織への帰属意識の向上、安心感 |
従業員が安心して働き続けられる環境が定着を促す |
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称賛・承認文化 |
定期的なポジティブフィードバック(称賛、感謝など) |
自己肯定感の向上、会社への愛着の深化 |
従業員エンゲージメント向上により離職率が低下する |
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キャリア透明性 |
上司との1on1ミーティングでのキャリア対話機会 |
将来への見通しが立つ、成長パスの明確化 |
従業員が自身の成長を感じながら安心して働き続けられる |
データで見る ― 離職率を下げる組織の行動パターン
前述の「心理的安全性」「称賛・承認文化」「キャリア透明性」の3原則は、具体的なデータや研究結果により、離職率の低下と強く関連することが示されています。これらの原則が組織の行動として現れることで、従業員エンゲージメントが高まり、結果として人材の定着につながります。
離職率低下に貢献する3つの原則とそれぞれの効果
Googleが実施した「プロジェクト・アリストテレス」研究では、生産性の高いチームに共通する最も重要な要因が「心理的安全性」であることが明らかになりました。心理的安全性が高いチームのメンバーは、Googleからの離職率が低いことが判明しています。安心して意見を表明できる環境は、従業員の組織への帰属意識を高め、離職を防ぐ科学的根拠となります。
称賛や承認といったポジティブなフィードバックは、従業員エンゲージメントを大きく左右します。エンゲージメントが高い職場ほど離職率が低いことは多くの調査で示されています。従業員エンゲージメントが高い組織は、低い組織に比べて離職率が18%~43%低いというデータも存在します。定期的な称賛や感謝の表明は、社員の自己肯定感を高め、会社への愛着を深める効果があります。
キャリア透明性も、従業員の離職意向と密接に関わります。上司との1on1ミーティングなどで定期的にキャリアについて対話する機会がある従業員は、自身の将来への見通しを立てやすく、エンゲージメントが高い傾向にあります。自身の成長パスが明確な企業では、従業員は安心して働き続けられると感じ、結果として離職率の低下につながります。
度より文化を動かす ― 再現できる仕組み設計

離職率を下げようとすると、多くの企業はまず「制度の改善」に着手します。けれど、福利厚生や報酬アップだけでは長く続きません。他社もすぐ真似できるため、効果は一時的になりがちです。
制度だけでは、社員のエンゲージメントや定着率の根本的な改善にはつながりにくいのが実情です。
長期的な定着の鍵となるのは、企業が持つ独自の「組織文化」です。
組織文化とは、社員間で共有される価値観や信念、行動様式のことであり、いわば組織の“DNA”です。
行動科学や社会心理学の観点でも、文化は人の行動を持続的に変化させる最も強力な要素とされています。
こうした文化の醸成は、特定のカリスマ的リーダーに依存すべきものではなく、
誰もが実践・継続できる「再現性のある仕組み」として設計されることが重要です。
再現性の高い文化づくりこそが、持続的な成長を可能にする“科学的な組織運営”といえます。
文化を科学的に醸成するには、次の3ステップが不可欠です。
-
現状の可視化:サーベイやデータ分析を通じて課題を定量的に明確化する
-
目標設定(KPI):行動・感情・成果の3軸で目指す姿を定義する
-
評価と改善:定期的に計測・振り返りを行い、PDCAサイクルを回す
これらのステップを継続的に実行することで、
文化は偶然ではなく科学的に再現・定着させることが可能になります。
次章からは、これらの具体的アプローチをデータと事例を交えて詳しく解説します。
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測定方法 |
特徴 |
得られる情報 |
|---|---|---|
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サーベイ(定量的) |
定期的な実施に適しており、広範囲をカバー |
組織全体の傾向、時系列での変化 |
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観察(定性的) |
日々の行動や状況から直接把握 |
現場の具体的な課題、改善策のヒント |
心理的安全性を測る ― サーベイと観察の両輪
心理的安全性は、組織のパフォーマンスを左右する重要な要素です。しかし、目に見えにくい特性から、現状を客観的に「測定する」ことが改善への第一歩となります。感覚に頼るのではなく、データに基づいたアプローチが不可欠と言えるでしょう。
定量的な測定には、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱し、Googleの「プロジェクト・アリストテレス」研究でも活用された「7つの質問」を用いた定期的なサーベイが有効です。これにより、組織全体の心理的安全性の傾向を把握し、時系列での変化を追跡できるメリットがあります。
一方で、サーベイの数値だけでは見えてこない現場の具体的な状況を理解するためには、定性的な「観察」が重要です。例えば、会議での発言のしやすさ、ミスや失敗が隠されずに共有される様子、メンバー間の助け合いの有無など、日々の行動を通じて得られる情報は、具体的な改善策を検討する上で欠かせません。
ここで、心理的安全性の主な測定方法をまとめます。
このように、サーベイによる定量的なデータと、日々の観察による定性的な情報を車の両輪のように組み合わせることで、組織の心理的安全性の実態をより正確に把握できます。その結果に基づいて、実効性のある改善へとつなげることが可能になるでしょう。
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原則名 |
KPIの具体例 |
|---|---|
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称賛・承認文化 |
称賛ツールの投稿数、拍手数、ピアボーナスの利用頻度 |
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心理的安全性(対話) |
1on1ミーティングの実施率、参加者の満足度、チーム内チャットツールの発言頻度 |
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キャリア透明性 |
キャリア面談の実施率、社内公募への応募数、育成プランの達成度、スキル保有率 |
称賛・対話・キャリアの3KPIを設定
「辞めない組織」の3原則である「心理的安全性(対話)」「称賛・承認文化」「キャリア透明性」を文化として定着させるためには、これらを定量的に測定可能なKPIに落とし込むことが不可欠です。KPIを設定することで、必要なプロセスが可視化され、具体的な問題点や課題の特定につながります。これは、実効性のある改善活動を進める上で重要な指針となるでしょう。
各原則に対応するKPIの具体例は以下の通りです。
これらのKPIは、組織目標への貢献度を明確にする役割も果たします。設定したKPIは、「測定→分析→改善」というPDCAサイクルで継続的に運用し、定期的なモニタリングを通じて改善アクションへとつなげることが重要です。数値目標を追うことが目的化しないよう、人の行動変容に焦点を当て、環境変化に合わせて柔軟にKPIを見直しながら運用することで、持続的な組織文化の醸成につながるでしょう。
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評価方法 |
特徴・利点 |
|---|---|
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パルスサーベイ |
短い質問で高頻度に、社員の声をリアルタイムで把握できます。マネージャーの行動評価に特に適しています。 |
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360度評価 |
部下だけでなく同僚や上司など、多角的な視点から評価を収集できます。 |
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称賛ツールの利用データ |
称賛の頻度や内容といった客観的な行動データを活用できます。 |
マネジメント評価を“人の行動”で管理する
企業が持続的に成長するためには、短期的な業績目標達成だけでなく、長期的な組織づくり、とりわけ社員の定着や成長を促すマネジメントが不可欠です。従来の評価制度では成果(結果)が重視されがちですが、これに加えてマネージャーの「行動」そのものを評価指標に組み込むことが重要となります。マネージャーの行動を評価することは、部下の育成や心理的安全性の向上に直結し、結果として組織全体のパフォーマンス向上につながるでしょう。
評価に加えるべきマネージャーの具体的な行動としては、以下が挙げられます。
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部下との1on1ミーティングの頻度と質
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部下へのフィードバック回数と内容
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チーム内の称賛を促進する具体的な行動
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部下のキャリア開発支援への関与度
これらは、前項で設定した「称賛・対話・キャリア」というKPIと連動させることが可能です。
これらの行動を客観的に評価・管理するためには、多角的な視点からの情報収集が有効です。
マネージャーの行動を評価・管理するための情報収集方法とその特徴
マネージャーの「行動」を正当に評価することで、彼らの意識と行動の変容が促されます。その結果、チーム内の心理的安全性が高まり、メンバーのエンゲージメント向上、そして最終的には離職率の低下という成果に結びつくはずです。
これらのステップを継続的に実行することで、文化は偶然ではなく科学的に再現・定着させることが可能になります。
結論として、離職率を本質的に下げる鍵は「制度」ではなく「文化」であり、その文化を誰もが再現できる仕組みとして設計・運用することが核心です。
科学的文化マネジメントの7ステップ
ここでは、前章で紹介した「3つの科学的原則(心理的安全性・称賛文化・キャリア透明性)」を
組織文化として再現・維持するための7つの科学的プロセスを紹介します。
理論(Why/What)を“行動と仕組み”に落とし込む実践アプローチです。
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パルスサーベイ設計と時系列分析
短問式のサーベイを週次・隔週で実施し、温度変化を継続的に可視化。質問項目は固定+可変を組み合わせ、定量化と仮説検証を両立。 -
心理的安全性の「7問」ベンチマーク運用
エドモンドソン教授の7問を定期実施し、スコア改善幅をKPI化。発言率やリスク報告数などの行動指標と突合。 -
称賛データの行動ログ化(ピアボーナス/メッセージ)
称賛件数やネットワーク構造を分析し、マネージャーの称賛誘発率を可視化。偏りを是正し、称賛の分布を最適化。 -
1on1の質スコア化(QMI)と会話トピック分析
単なる実施率でなく、準備度・内省度・アクション化率を測定。議事メモをトピック分類し、心理安全・キャリア・業務改善の比率を可視化。 -
キャリア透明性の可視化指数(CTI)
キャリアラダー公開率・社内公募参加率・スキル保有率を統合スコア化。CTI上昇と離職率低下の相関を追跡。 -
マネジメント行動KPIの導入
「称賛の場づくり」「対話の質」「キャリア支援」などを行動指標として数値化し、成果KPIと同列に管理。 -
小規模実験(A/Bテスト)とループ速度の最適化
施策を小規模で試し、短周期で検証。効果サイズ(Cohen’s d)や事前/事後差を計測し、スピード検証文化を育成。
データと仕組みで離職率を下げた企業

これまでに、心理的安全性や称賛・承認文化、キャリア透明性といった科学的アプローチが、社員の定着に不可欠であることをご紹介してきました。実際にこれらの原則を組織運営に取り入れ、離職率の低下や従業員エンゲージメントの向上に成功した企業は数多く存在します。
以下に、科学的アプローチを組織運営に取り入れ、顕著な成果を上げた企業の事例をご紹介します。
これらの事例は、組織が抱える課題に対し、適切なアプローチと再現性のある仕組みを導入することで、社員が定着し、活性化する組織へと変革できる可能性を示しています。貴社の状況に合わせたヒントを見つけ、ぜひ組織改善に役立ててください。
導入事例 ― 株式会社リーディングマーク:称賛文化の浸透が離職率の低下を導いた成功事例
離職率の改善とエンゲージメント向上を同時に実現した株式会社リーディングマークは、急成長による組織崩壊の危機を『称賛文化』の浸透によって乗り越えました。
Unipos導入前、同社では急拡大によってコミュニケーションが分断され、評価制度や理念の浸透にも課題を抱えていました。
しかし、Uniposを活用して「感謝を言語化し、共有する仕組み」を整備したことで、現場からポジティブなフィードバックが生まれ、互いを認め合う文化が定着。結果として、Unipos導入から1年で離職率は大幅に改善し、エンゲージメントスコアは全国上位2%を達成。
リーディングマーク社の事例は、称賛や感謝を科学的に可視化し、再現性のある仕組みとして運用することが、離職率低下と組織の健全性向上の両立を可能にする好例です。

まとめ ― 離職率を下げるのは「制度」ではなく「科学的アプローチ×再現性」
本記事では、社員が安心して長く働き続けられる「辞めない組織」を築くための、科学的アプローチと再現性のある仕組みづくりという観点から、以下の3つの原則を解説しました。
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心理的安全性
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称賛・承認文化
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キャリア透明性
これらの原則は、従業員のモチベーションやエンゲージメント、そして企業への定着意識に深く影響します。
心理的安全性を高めるためのサーベイの実施、感謝や貢献を可視化する称賛ツールの導入、キャリア面談の制度化など、
どれもデータに基づき、再現性をもって改善を続けられる科学的なアプローチです。
福利厚生や報酬アップといった「制度」は、短期的な満足度向上には効果的ですが、
それだけでは離職率の根本的な改善にはつながりません。
制度は他社に模倣されやすく、特定の個人の努力に依存する施策では持続性に欠けます。
真に「辞めない組織」を育むには、**良い行動やポジティブな文化が自律的に繰り返される“再現性のある仕組み”**を構築することが不可欠です。
多くの成功事例が示すように、離職率の低下は「感覚的な取り組み」ではなく、
データと行動の両面からアプローチする科学的な仕組み化によって実現されます。
本記事で紹介した「称賛・対話・キャリア」の3KPIを設定し、
マネジメント評価に“人の行動”を組み込むことは、科学的アプローチを再現性のある文化として定着させる第一歩です。
社員が「この会社で働き続けたい」と思える環境づくりは、偶然ではなく設計できる。
データに基づき、人の行動を文化として再現する——それこそが、
離職率を下げ、持続的な成長を支える真の科学的アプローチです。
よくある質問(FAQ)
本記事では、社員が定着する「辞めない組織」を築くための科学的アプローチとして、心理的安全性、称賛・承認文化、キャリア透明性の3原則を詳細に解説しました。このセクションでは、記事を通して読者の皆様が抱く可能性のある疑問や、実際にこれらのアプローチを導入する際に直面しがちな課題に対し、Q&A形式で簡潔にお答えします。
離職率が高いかどうか、どの基準で判断すればいい?
自社の離職率が高いかどうかを判断する際は、主に以下の基準を考慮することが有効です。
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自社の過去データとの比較
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業界平均や企業規模別離職率との比較
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特定のセグメント(新卒3年以内、勤続年数別、部署・職種別など)での詳細な分析
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離職した社員の「質」(役職やパフォーマンスなど)
これらの基準のうち、まず最も重要なのが「自社の過去データとの比較」です。過去数年間の離職率の推移を確認し、上昇傾向にある場合は注意が必要といえるでしょう。
その上で、厚生労働省が発表する「雇用動向調査」などの公的なデータを参考に、自社が属する「業界平均」や「企業規模別」の離職率と比較することが有効です。例えば、令和5年の全常用労働者の平均離職率は15.4%ですが、宿泊業・飲食サービス業では30%前後と高く、製造業では10%前後と安定しているなど、業種による差が大きい点に留意が必要です。一般的には、離職率が20%を超えると対策の必要性が高いとされています。
また、全体の数値だけでなく、「新卒3年以内」や「勤続年数別」、「部署・職種別」といった特定のセグメントに絞って分析すると、より具体的な課題が見えてくる場合があります。令和3年3月卒業者のデータでは、大卒の3年以内離職率が約34.9%、高卒では約38.4%と、若年層の離職が高い傾向にあります。
離職率を下げるために、最初に取り組むべき施策は?
離職率の改善には、残念ながら万能な特効薬というものは存在しません。まず最も重要なのは、自社の離職がなぜ発生しているのか、その根本原因を特定することです。現状を正確に把握せずに施策を講じても、期待する効果は得られない可能性が高いでしょう。
根本原因を特定するための具体的な方法として、『従業員エンゲージメントサーベイ』の実施が非常に有効です。サーベイでは、仕事への意欲、人間関係、職場環境、評価制度、キャリアといった多角的な質問項目を通じて、社員の本音を収集できます。これにより、本記事で提示した以下の原則のうち、どの点に特に課題があるのかを明確に見極めることができるでしょう。
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心理的安全性
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称賛・承認文化
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キャリア透明性
さらに、退職者インタビューも、離職に至った具体的な背景や理由を深掘りするための貴重な情報源となります。
もし、最初の一歩として具体的なアクションを求めるのであれば、比較的導入しやすく、効果を実感しやすい『称賛・承認文化』の醸成から着手することをおすすめします。例えば、部署単位で日頃の感謝を伝え合うミーティングを定例化したり、従業員同士が感謝のメッセージとともにポイントを贈り合うピアボーナスツールをトライアルで導入したりする施策が考えられます。こうした取り組みから始めることで、組織内のポジティブなコミュニケーションを促進し、社員のエンゲージメント向上につなげられるでしょう。
心理的安全性はどう測るの?
心理的安全性の現状を正確に把握し、効果的な改善策につなげるには、定量的な「サーベイ」と定性的な「観察・対話」の二つのアプローチを組み合わせることが有効です。これらにより、目に見えにくい心理的な状態を客観的に可視化できます。
定量的な測定方法としては、Googleが提唱した「プロジェクト・アリストテレス」研究で活用された、エイミー・C・エドモンドソン教授による「7つの質問」を用いた組織サーベイやパルスサーベイが広く用いられています。具体的には、以下の質問項目に5段階評価などで回答を収集します。
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チームの中でミスをすると、多くの場合非難されてしまうか
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チーム内では難しい問題・課題を互いに指摘し合えるか
これにより、組織全体の傾向や時系列での変化を数値として捉えられます。
一方で、定性的なアプローチでは、日々の業務における従業員の行動や対話から、心理的安全性の状態を深く理解できます。例えば、1on1ミーティングでの率直な意見交換、チームミーティングでの発言の活発さ、反対意見が出やすい雰囲気があるかなどをヒアリングや観察を通じて確認できます。また、ミスや失敗が隠蔽されずに共有されているか、困っているメンバーが進んで助けを求めているかなども重要な観点となります。
サーベイのスコアだけにとらわれず、実際の従業員の行動や表情といった定性的な情報も併せて判断することで、より詳細かつ正確な現状把握が可能となり、その結果に基づき、実効性のある改善策へとつなげられます。
キャリア透明性を上げるために人事ができることは?
キャリアの透明性を高めることは、社員が自身の将来像を明確に描き、安心して職務に専念するために不可欠です。人事部門は、この透明性を確保するために複数のアプローチを通じて貢献できます。
具体的なアプローチとして、以下の点が挙げられます。
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キャリアパスと評価制度の公開
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定期的なキャリア面談の制度化
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社内公募制度やプロジェクト参加機会の提供
まず、キャリアパスと評価制度の公開が重要です。社内の職務等級制度、昇進・昇格の基準、そして各役職で求められるスキルセット(コンピテンシー)を全社員に明確に開示します。これにより、社員は自身の現在の能力と将来の目標とのギャップを認識し、成長への意欲を高めることができるでしょう。評価基準の公平性と透明性が向上すれば、従業員の納得度が高まり、会社への信頼感が醸成されます。
次に、定期的なキャリア面談の制度化も有効な手段です。上司との1on1に加えて、人事部が主導し、社員が中長期的な視点で自身のキャリアプランを話し合う面談を定期的に設けることで、将来の選択肢を広げる機会を提供できます。
さらに、社内公募制度やプロジェクト参加機会の提供も欠かせません。部署の垣根を越えて新たな業務に挑戦できる機会や、スキルアップにつながるプロジェクトへの参加を促すことで、社員の自律的なキャリア形成を後押しします。これらの施策を通じて社員がキャリアの主導権を持つことは、会社への信頼と貢献意欲を高め、エンゲージメント向上と離職防止につながります。
科学的アプローチを中小企業でも導入できる?
中小企業においても、科学的アプローチに基づいた離職率低下は十分に実現可能です。むしろ、規模が小さいからこそ得られる利点も存在します。その一つは、経営層と従業員の物理的・心理的な距離が近い点です。この強みにより、トップダウンでの組織文化の醸成や、課題に対する迅速な意思決定、施策の実行が可能になります。
大規模なツールの導入が必ずしも必要というわけではありません。例えば、無料の組織サーベイツールやエンゲージメントサーベイを活用して現状を可視化したり、日々の1on1ミーティングの質を高めたりすることで、低コストで効果的な改善を始めることができます。1on1ミーティングは、部下の成長促進やモチベーション向上、さらには離職防止にもつながると考えられています。
低コストで効果的な改善を始める方法
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無料の組織サーベイツールやエンゲージメントサーベイを活用し、現状を可視化する。
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日々の1on1ミーティングの質を高める。
重要なのは、高価なツールを導入することではなく、現状の課題をデータや対話を通じて可視化し、改善サイクルを継続的に回していく「姿勢」が重要です。このアプローチは企業の規模を問わず実践可能であり、貴社の組織改善に必ず貢献するでしょう。
