
人材育成方針は曖昧に感じる点が多く、その重要性や決め方が明確にイメージできない人事担当者の方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、人材育成方針は企業が成長していくためには欠かせないものであり、そのことを企業全体で理解する必要があります。
この記事では、人材育成方針の重要性と具体的な決め方について、他社事例とともにご紹介します。併せて、方針を実行していく際のポイントについてもご説明しますので、実践方法を知りたい方は参考にしてください。
1.人材育成方針とは?
人材育成方針は、目指すべき社員像とそのための取り組みをセットにして、企業としての方向性を示したものです。
ここでは、人材育成方針の概要とその重要性についてお伝えします。
人材育成方針とは
人材育成方針とは、社員を「どのような人材に育てるのか」、そのためには「どのような取り組みをするのか」を定義したものです。
「高い専門性や知識を追求する人材に育てたい」「社会の変化やニーズに敏感に対応できる人材になってほしい」などと社員像を明確にし、その社員像に近づけるための具体的な取り組みを構築します。
人材育成方針は、現状、全ての企業において定めているわけではありません。
独立行政法人労働政策研究・研修機構が公表した『人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査』の調査結果によると、対象6,887社のうち、「人材育成・能力開発の方針について特に定めていない」と回答した企業は約3割に上りました。
しかし、人材育成方針は、人事配置や人事評価制度、研修などといった企業の人材育成に関する取り組みの柱となるものであり、それらの取り組みを具現化していくために欠かせないものです。
「どのような人材に育てたいのか」という人材育成の方針が明確に定められていなければ、どのような人事評価制度が自社に合っているのか、どのような研修を実施すべきなのかが見えにくくなります。
社員も、方針がなく全体像の見えない状態で「この研修は役に立ちそうなので受けてほしい」と言われても、目的意識を持てないまま終わってしまいます。
一方で、方針が定まっていれば、方針に沿った目標を達成するための人事評価制度を導入し、効果的な研修を実施することが可能です。
例えば、「高い専門性や知識を追求する人材に育ってほしい」場合、社員一人ひとりの希望に合わせて受講が可能な選択型研修を導入する、といった案が考えられます。
人材育成に関する自社の取り組み全てに矛盾がなくなるため、社員もそれぞれの取り組みの必要性を理解しやすくなるでしょう。
参考:https://www.jil.go.jp/press/documents/20210205.pdf
人材育成方針は企業の成長に欠かせないもの
さらに、今後の日本においては、人材育成方針は企業の成長のためになくてはならないものです。
少子高齢化に直面する日本では、労働人材の確保と生産性の向上が課題となっています。
国立社会保障・人口問題研究所の『日本の将来推計人口(平成29年推計)』によると、2053年には日本の総人口は1億人を割り、15歳から64歳の生産年齢人口は2056年に5,000万人を割ることが予測されているのです。
労働人材の確保が難しい環境下で企業の将来性を高めるためには、人材育成方針に沿った取り組みによって社内人材を育成し、生産性の向上を図るのが現実的と言えるでしょう。
参考:http://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2017/pp29_gaiyou.pdf
2.人材育成方針の決め方と注意点
人材育成方針は、企業理念や事業ビジョンに沿ったものでなければなりません。
ここでは、人材育成方針の決め方を3つのステップに分けてご説明します。
また、方針を決める際に注意すべき点もご紹介しますので、併せてご確認ください。
人材育成方針を決める3つのステップ
人材育成方針は、「現状把握」→「目指すべき社員像の決定」→「取り組みの具体化」という流れで決めていきます。
【ステップ1】現状把握
人材育成方針の策定にあたり最初に行うべきことは、現状把握です。
具体的には、「社員の人材レベルの把握」と「企業理念や事業ビジョンの深掘り」を実施します。
まず「社員の人材レベルの把握」として、社内人材がどういったレベルにいるのかを把握していきます。
例えば、
・能力やスキル(強み・弱み)の度合い
・担っている役割
・成長意欲の度合い
・その他、課題となっていること
といった確認項目が挙げられます。
部署や年齢層などに細分化して調べると、人材育成方針の策定がスムーズにいきます。
この際には、高い精度での現状把握と、管理職の当事者意識の醸成という観点から、各部署の管理職に現状をヒアリングする方法がおすすめです。
続いて、「企業理念や事業ビジョンの深掘り」をしていきます。
企業理念や事業ビジョンは、「社会にどのように貢献していくのか」という企業の方向性を示すものです。
その方向性を改めて確認し、長期的な視点での企業のあり方について見直します。
必ず経営陣との対話の機会を設け、社内で認識に齟齬が生まれないようにしましょう。
【ステップ2】目指すべき社員像の決定
次のステップとして、目指すべき社員像を決定します。
ステップ1で深掘りした企業理念や事業ビジョンを踏まえ、どういった社員を育てたいかを決めていきましょう。
とはいえ、初めから何十年後の姿を定めては、いつまでも目標にたどり着けません。
5年をベースに、長くなりすぎないスパンで考えてみてください。
なお、5年後には◯◯、10年後には◯◯……のように、段階ごとに目標を設定するのも良い方法です。
目指すべき社員像が見えてくると、社員にはどのような役割やスキルが求められるのか、おのずとわかってくるはずです。
明確になった「求められる役割やスキル」を、ステップ1で把握した社員の現状と照らし合わせます。
すると、何が不足しているのか、その中でも重点的に磨かなければいけないものはなにか、ということが明らかになるでしょう。
【ステップ3】取り組みの具体化
最後に、具体的な取り組みについて検討していきます。
ステップ1で現状を把握し、ステップ2で目指すべき社員の姿が定まったことで、理想と現実が明確になったことと思います。
そこで、理想と現実のギャップを埋めるために必要な取り組みを考えていきましょう。
例えば、
《理想》
「高い専門性や知識を追求する人材に育ってほしい」
《現実》
「若手社員の成長意欲は比較的高いが、希望の部署でスキルを磨けないことがモチベーション低下の原因になっているようだ」
といった場合、社内公募制度の構築や、社員が自由に選んで受講できる研修の導入などの取り組み案が考えられます。
他社の事例を参考にしながらも、独自性のある切り口で取り組みを考えられると良いでしょう。
人材育成方針を決める際の注意点
人材育成方針を決める際、注意点が2つあります。
1つ目は、現状とかけ離れていないかということです。
目標を高く持つことは良いのですが、達成する可能性が低いものを追い求めるのは時間とコストがかかり、結果として企業にマイナスの影響を及ぼす恐れがあります。
冷静に見極めながら方針を決めるようにしてください。
2つ目は、人材育成方針は「一度決めたら終わり」ではないということです。
今の自社には最適な方針でも、社会の変化などを踏まえてアップデートしていく必要があります。
実際に、一般社団法人日本経済団体連合会が公表している『人材育成に関するアンケート調査結果』(2020年1月21日)によると、人材育成施策の見直しに取り組む企業のうち「人材育成の方針や戦略の見直し」に取り組んでいる(検討中を含む)企業は約8割を超えています。
さらに、対応が必要となっている要因として、
- 社員の就労意識の多様化(ダイバーシティ経営の推進)
- デジタル技術の進展
- 社員の職業人生の長期化(人生100年時代への対応)
などが挙げられています。
このように、社会や時代の変化に合わせて方針を変えることは悪いことではなく、むしろ常に変化し得るものとして柔軟に対応すべきだと言えるでしょう。
参考:https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/008.pdf
人材育成を担うリーダー必見!管理職が社員の意欲を引き出すために必要なコミュニケーションとは?|お役立ち資料公開中!
3.【トヨタ・パナソニック・サントリーホールディングス】各社の人材育成方針事例
人材育成に対して独自の方針を確立している、日本の大手企業3社の事例をご紹介します。
「この考え方は自社で取り入れられそうだ」というポイントを見つけて、参考にしてみてください。
トヨタ自動車株式会社
トヨタ自動車では、「モノづくりは人づくり(人間がモノをつくるのだから、人をつくらねば仕事も始まらない)」という考え方が人材育成の理念となっており、人づくりを最優先事項に置いています。
社員の能力を最大限に活かして組織全体のパフォーマンスを向上させるため、「知恵と改善」と「人間性尊重」の2つを柱に、以下のような取り組みを行っています。
・中長期的に計画された研修
・OJT(On the Job Training)
・人事異動の実施
・社内アドバイザーの育成
同社では、「特に人事異動は人材育成の有効かつ重要な手段であり、特に優秀で意欲の高い従業員については、将来のリーダー候補として中長期的・計画的に育成している。」と述べています。
また、ユニークな取り組みとして、「自ら学び、教える人材」を育てるために、社内アドバイザー(講師)を育成しています。
この取り組みは、直属の上司ではなく、他の部署の上位資格者がアドバイザーとなって、社員にさまざまなテーマについて教え・伝承していくものです。
自ら学び、教えられる人づくりを重視した、同社ならではの取り組みと言えるのではないでしょうか。
https://globis.jp/article/4117
パナソニック株式会社
パナソニック株式会社では、あらゆる地域・階層のパナソニックグループ社員全員を対象に、体系的な人材育成に取り組んでいます。
例えば、2019年度より、「A Better Dialogue(よりよい対話)」と呼ばれる取り組みを推進しています。この取り組みは、社員と上司間の対話において、質と量の向上を図るというものです。
定期的な対話を通じて、社員のパフォーマンスの確認や、キャリア・能力開発などを行い、事業戦略を実現する強い人材をつくることを目指していると言います。
また、「仕事・役割等級制度」と呼ばれる取り組みでは、社員本人の担う「仕事・役割の大きさ」によって、処遇を決める方法を採用しています。
処遇の透明性と納得性を向上させることで、新しい仕事・役割に積極的にチャレンジした社員にとっては「報われる」ことにつながり、企業にとっては「積極的にチャレンジする人材の育成」につながるのです。
参考:https://www.panasonic.com/jp/corporate/sustainability/employee/development.html
サントリーホールディングス株式会社
サントリーホールディングス株式会社の人材育成方針では、従業員一人ひとりの多様さを前提に、以下の3点が定められています。
・従業員一人ひとりが向上心を持って高い目標にチャレンジすること
・会社は従業員に対して能力・キャリア開発の場を提供し、自己実現を支援すること
・役割と成果に見合った、公正でメリハリのある処遇をすること
上記の考え方をベースにした取り組みの例として、「『チャレンジ目標』の運用」が挙げられます。
これは、通常業務に加えて、難易度の高い意欲的な目標を社員自らが設定し、その成果を評価するというものです。
また、「有言実行やってみなはれ対象」と呼ばれる表彰制度では、従来のやり方にとらわれないチャレンジングな活動をしたチームを表彰しています。
これらの取り組みは、失敗を恐れずに高い目標にチャレンジする人材の育成につながっていると想定されるでしょう。
参考:https://www.suntory.co.jp/company/csr/activity/diversity/education/
人材育成を担うリーダー必見!管理職が社員の意欲を引き出すために必要なコミュニケーションとは?|お役立ち資料公開中!
4.人材育成方針3つのポイント
他社の事例も参考にしつつ人材育成方針を定めたら、いよいよ実行に移ります。
言うまでもなく、方針を定めただけでは意味がありません。
ここでは、人材育成方針を実行していく際の3つのポイントをご紹介します。
(1)人材育成方針の浸透
人材育成方針をいかに社内に浸透させるかは重要なポイントですが、特に企業規模が大きくなればなるほど、難しいと感じるかもしれません。
この点は、独立行政法人労働政策研究・研修機構が公表した『人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査』の調査結果からも明らかになっています。
具体的には、調査対象20,000社の中で「何らかの人材育成・能力開発の方針を定めている」企業のうち、従業員にその方針が「浸透している」と回答した企業は7.2%にとどまりました。
「ある程度浸透している」割合は66.8%に上るものの、自信をもって浸透しているとは言えない企業が多いと感じられます。
そもそも、定めたばかりの方針は社員に認知されていないため、社内報への落とし込みや、イントラを通した定期的な発信などによって、認知と理解を深める施策を実施しましょう。
若手社員はもちろんのこと、管理職にも当事者意識を持ってもらう必要があります。
人材育成方針を決める「現状把握」のステップでもお伝えしたように、なるべく多くのプロセスにおいて管理職が関わり、人事部門と連携して実行していきましょう。
方針を浸透させるのには一定の時間を要しますが、あらゆる取り組みが方針に沿っていることを理解し共感できるようになると、社員の意識も変化してきます。
参考:https://www.jil.go.jp/press/documents/20210205.pdf(P.3−4)
(2)社員を評価する仕組みづくり
人材育成方針に沿った取り組みと併せて、社員を評価する仕組みも構築する必要があります。
方針の策定とともに評価する仕組みも出来上がっていれば問題ありませんが、正当な評価体制が整っていなければ人材育成は困難です。
人事評価制度をはじめ、方針に沿って活躍している社員を適切に評価することで、社員自ら求める人材に近づこうとするモチベーションの向上にもつながります。
また、評価する側も、人材育成方針と評価結果を照らし合わせ、「なかなか上手くいかない」「想像以上に伸びている」と現状分析しやすくなります。
社員を評価する仕組みづくりは、人材育成を加速するとともに、人材育成方針の軌道修正にも役立つでしょう。
(3)経営層の視点
人材育成方針が定着しつつあり、さまざまな制度や研修も順調に進んでいる……一見問題なさそうな状況ですが、経営層の視点を忘れてはいけません。
なぜなら、人材育成方針はあくまで道しるべであり、方針に沿った仕組みを回すこと自体が目的ではないからです。
経営層と同じ目線で、この先10年、20年と自社をリードしていく人材が育っているか、長期的な視点を忘れずに意識するようにしましょう。
5.人材育成方針の明確化がもたらす+αのメリット
人材育成方針、すなわち企業が求める理想の人材を明確にすることは、人材育成そのもの以外にもメリットをもたらします。
ここでは、その+αのメリットを2つご紹介します。
自社の価値観が明確になる
1つ目は、自社の価値観が明確になるということです。
人材育成方針を決めていくプロセスの中で、自社のビジョンやミッションを棚卸しすることになるため、根底にある価値観が明らかになると考えられます。
これからの日本において、変化の激しい社会のニーズに応えていくためには、社員一人ひとりがスピード感を持って柔軟に対応していくことが求められます。
そのためには、単に上下関係やルールではなく、共通した価値観によって社内の統一を図り、速やかな意思決定をしていくのが効果的と言えるでしょう。
自社の価値観が明確になれば、企業の発展を自分のこととして考えられる、社員の意識改革が期待できるのです。
従業員エンゲージメントが向上する
2つ目のメリットは、明確になった価値観に共感する社員が増えると同時に、「従業員エンゲージメント」の高い社員も増えるということです。
「従業員エンゲージメント」とは、社員の企業への貢献意欲の度合いのことで、エンゲージメントの高さは企業の業績に密接に関係すると考えられています。
実際に、株式会社リンクアンドモチベーションが公開した「『エンゲージメントと企業業績』に関する研究結果」によって、従業員エンゲージメントの向上は「営業利益率」と「労働生産性」にプラスの影響をもたらすことがわかりました。
相関性を示すグラフを見ると、(従業員)エンゲージメントのスコアが1ポイント上昇すると、当期営業利益率が0.35%、労働生産性は0.0035とそれぞれ上昇しています。
さらに、従業員エンゲージメントの高い、すなわち貢献意欲の高い社員が増えるということは、結果として優秀な人材の流出を防ぐことが可能になります。
この記事の前半で、「労働人材の確保が難しい環境下で企業の将来性を高めるためには、人材育成方針に沿った取り組みによって社内人材を育成し、生産性の向上を図るのが現実的」と述べましたが、人材育成方針の明確化は生産性の向上に加え、離職率の低下という嬉しいメリットも期待できると言えるのではないでしょうか。
参考:https://www.lmi.ne.jp/about/me/finding/detail.php?id=14
6.まとめ
人材育成方針とは、目指すべき社員像と、そのために必要な取り組みを定めたものです。
この記事でご紹介したように、
- 「現状把握」→「目指すべき社員像の決定」→「取り組みの具体化」という流れで方針を決める
- 実行する際には、(1)人材育成方針の浸透(2)社員を評価する仕組みづくり(3)経営層の視点を意識する
以上の点を押さえてみてください。
人材育成方針は、自社の価値観を明確化するとともに、優秀な人材の流出防止や生産性の向上にもつながると考えられます。
ポイントを踏まえて方針を策定・実行し、ぜひ企業の持続的な成長を目指してください。