
「心理的安全性(psychological safety)」とは、組織行動学の研究者エイミー・C・エドモンドソン教授がその概念を提唱した、心理学用語です。
心理的安全性は「従業員一人ひとりが不安や恐れを感じることなく、いつでも安心して発言・行動できる組織の状態」を表しています。
近年、ますます重要視されている心理的安全性ですが、どうすれば自分の組織で心理的安全性を確保できるのか、悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
そこで、心理的安全性を実現するためにおすすめしたいのが、「アサーション」を理解・実践することです。
「アサーション」とは、お互いを大切にしながら、自分の意見や気持ちを率直・誠実・対等に伝えるためのコミュニケーションスキルのことをいいます。
本記事では、心理的安全性の定義をあらためて確認しつつ、アサーションが心理的安全性を高める理由、アサーションを身に付けるメリット、アサーションスキルの高め方などを解説していきます。
関連記事:心理的安全性とは?高める5つの方法とメリットを解説
1.ネガティブな発言を許すのも「心理的安全性」
チームや組織のなかで、一人ひとりが安心して発言・行動できる状態を表す「心理的安全性」を、「ぬるい組織のこと」「ただ仲が良いだけの集団」と捉える方はいまだに少なくありません。しかし、それらの捉え方は誤りです。
心理的安全性の高い職場では、誰もが率直に質問や相談をしたり、相手と異なる意見や新しいアイデアを提案したりしても、拒絶・嘲笑されるなどの心配をする必要がありません。そのため、ネガティブな発言や対立的な意見でも、聞き入れたり指摘し合ったりできるのです。
自由かつ率直に意見を交わし合える環境が確保されているからこそ、心理的安全性の高い職場では、健全な衝突をすることもあります。
この点を理解すれば、「ぬるい」「仲が良いだけ」という捉え方と心理的安全性は結びつかないことがわかるでしょう。
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2.「心理的安全性」の実現を阻む壁
とはいえ、日本人はそもそも「否定的な意見」「対立的な意見」を伝え合うのが苦手な傾向にあります。
意見が対立し激しい議論に発展したり、否定的な意見を直接言われたりすると、まるで「自分は嫌われているのではないか」「意見だけでなく人格をも否定されているように感じる」といった思いが芽生えてしまう人が多いことは、想像に難くないでしょう。
一度そのように感じてしまうと、お互いが相手を避けるようになり、コミュニケーションがどんどん減っていってしまいます。結果として、「肯定的な意見」「協調的な意見」のみが飛び交うような環境になれば、本当の意味での心理的安全性は確保できません。
心理的安全性の実現を阻む上記の背景を踏まえて、次章から解決策について解説していきます。
参考:やさしい職場が「心理的安全性」が高いわけではないのです
参考:“率直な意見が、日本で嫌われる理由”MBAで学んだ世界の商習慣 | ダイヤモンド・オンライン
3.「アサーション」がなぜ心理的安全性を高めるのか
心理的安全性をなかなか確保できないケースも多い日本のビジネスシーンにおいて、今注目したいのが「アサーション(assertion)」です。
以下では、アサーションの概要と注目されるようになった背景、アサーションが心理的安全性を高める理由について解説します。
アサーションとは?
「アサーション」は、直訳すると「主張」や「断言」という、比較的強い意味を持つ言葉です。
しかし、今回注目すべき心理学的な側面の「アサーション」には、「自己主張をわかりやすく論理的に行うこと」という意味があり、直訳とは少しニュアンスが異なります。
より具体的に表現すれば「お互いを大切にしながら、自分の意見や気持ちを率直・誠実・対等に伝えるためのコミュニケーションスキル」といえるでしょう。
これは「誰もが自分の意見や気持ちを表現できる権利を持っている」という考え方に基づきます。
なお、アサーションと同じ意味で、「アサーティブ(assertive)」や「アサーティブネス(assertiveness)」という言葉が使われるケースもあります。
アサーションが注目されるようになった背景
コミュニケーションスキルとしてのアサーションが提唱されるようになったきっかけは、1950年ごろのアメリカにあります。
当時は、良好な人間関係を築くのが苦手な人や、自分を率直に表現するのが苦手な人などに対してサポートする、一種のプログラムとして開発されたものだといいます。
その後、1960年代にかけての「公民権運動(アメリカの黒人が、公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った運動のこと)」などを経て、アサーションは「適切に自己表現するための手段」として発展していきました。
1980年代になると、日本にもアサーションが伝わり、アサーションに関する書籍なども翻訳されていきました。
現在では、重要なコミュニケーションスキルの一つとして、一般企業や医療・教育現場などの幅広いシーンで活用されています。
なぜアサーションが心理的安全性を高めるのか?
多くの組織では、上司や部下、同僚、取引相手など、社内・社外を問わずさまざまな立場の人と円滑なコミュニケーションをとり、良好な関係を築くことが求められます。
自分の意のままに相手を操ろうとしたり、ポジティブなこと以外は相手の意見を聞き入れなかったりしていては、良好な関係は到底築けません。
一方で、その場をやり過ごすために相手の意見をすべて優先させることも、トラブルの原因となってしまったり、常にストレスを抱えている状態に陥ったりしてしまうでしょう。
そこでアサーションを身に付ければ、たとえ立場は違っても、相手と同じ目線で対等に意見を交換し、それぞれの主張をお互いが受け入れられるようになります。
真に心理的安全性の高い組織は、ポジティブな発言のみが許される組織ではなく、言いにくいことを言い合えて、かつ聞きにくいことも聞き合える組織です。
一人ひとりが「お互いを尊重し、率直・誠実・対等に自己主張できる」アサーションスキルを持ち合わせていれば、心理的安全性はずっと醸成されやすくなるのです。
関連記事:心理的安全性とは?高める5つの方法とメリットを解説
4.アサーションを身に付けるメリット
アサーションを身に付けることは、心理的安全性の観点以外からも、企業や組織、従業員にとってメリットがあります。
アサーションを身に付けるおもなメリットは、次の3点です。
- 取引先と円満な関係を築けるようになる
- 社内コミュニケーションが活性化する
- 従業員のメンタルヘルス不調を予防できる
それぞれのメリットについて解説します。
取引先と円満な関係を築けるようになる
取引先など社外の人との円満な関係を築くうえでも、アサーションは役立ちます。
特に、取引先と直接関わる立場にいる従業員は、契約金額や納期などについて、取引先から厳しい条件を提示されることもあるでしょう。
アサーションが身に付いていないと、その場をやり過ごそうとしてしまい「NO」といえない、または一方的に「NO」を突きつけるだけで適切にコミュニケーションをとらず、トラブルに発展してしまうなどといったケースも考えられます。
最悪の場合、組織としての信用を失い、今後の取引などに影響をおよぼしてしまうかもしれません。いうまでもなく、相手と円満な関係を築くことは、相手の意見をただ飲むことでも、一方的な主張だけをすることでもないのです。
従業員がアサーションスキルを身に付けることができれば、取引先と対等な立場でのコミュニケーションが可能となります。そのため、取引先の要望を丁寧に断ったり、十分に話し合ってお互い納得のいく落とし所を見つけたりできるようになるでしょう。
取引先の状況を尊重しつつ、主張すべき点はきちんと主張する姿勢により、取引先との円満な関係の構築・維持につながります。
社内コミュニケーションが活性化する
アサーションスキルが身に付いていない場合、価値観が合わない従業員同士の間には距離ができ、円滑なコミュニケーションが取れなくなってしまいます。そのようなコミュニケーションの課題は、当事者だけの問題ではなく、組織全体の生産性に影響をおよぼす可能性もあるでしょう。
アサーションスキルが身に付いた従業員の場合は、仮に相手を指摘するような意見を述べなければならない場面でも、相手に理解を示したうえで率直に意見を伝えることができます。
その結果、立場や価値観が異なる人同士でも、それを理由にコミュニケーションの量や質が低下することはなく、自然と社内コミュニケーションは活性化していきます。
社内コミュニケーションが活性化すれば、業務効率化や生産性向上、イノベーション創出なども期待できるでしょう。
従業員のメンタルヘルス不調を予防できる
従業員のメンタルヘルス不調での休職や労災申請は、大幅な増加傾向にあるのが現状です。企業側には、労働者に対する安全配慮義務があり、これにはメンタルヘルスへの対策も含まれています。
安全配慮義務を怠り、従業員がメンタルヘルス不調に陥ると、生産性の低下や労働力の損失、さらには対外的なイメージダウンにもつながってしまう可能性があります。
従業員がアサーションを理解し身に付けることは、職場でのコミュニケーションにおけるストレスや人間関係への不満を軽減することにもつながります。
そのため、従業員のメンタルヘルス不調を予防するほか、従業員が働きやすい職場環境の構築も期待できるでしょう。
参考:メンタルヘルス・マネジメント検定試験 2021年度パンフレット
5.アサーションスキルの高め方
アサーションを実践するためには、次の4つのポイントを意識することが大切です。
- 自分にも相手にも誠実であること
- 率直であること
- 対等であること
- 自己責任という考えを持つこと
ここで「自己責任という考えを持つこと」とは、主張をした責任、または主張をしなかった責任は、相手のせいにするのではなく自分が引き受けると考える、という意味です。この4つのポイントを意識しながら、アサーションスキルを高める方法とおすすめの研修について理解していきましょう。
アサーションスキルを高める方法のうち、簡単に実践できるものが次の2つです。
- DESC法(デスク法)に基づくコミュニケーション
- 「I(アイ)」メッセージによるコミュニケーション
それぞれ紹介します。
DESC法(デスク法)に基づくコミュニケーション
DESC法とは、「Describe(客観的な事実の描写)」「Explain(考えの説明)」「Specify(具体的な提案)」「Choose(行動の選択)」の頭文字を取った言葉です。
自己主張する際に上記4つの要素を意識すると、アサーションスキルを高めやすくなります。
最初に「Describe(客観的な事実の描写)」では、客観的な事実や状況を説明します。この際、遠回しな表現を用いると相手に事実が正確に伝わらないため、率直に説明するようにしましょう。
続く「Explain(考えの説明)」では、事実に加えて、自分の考えや感情を正直に伝えます。
そして「Specify(具体的な提案)」として、解決策や代替案を提案します。あくまで「提案」であって、強制させることのないようにしましょう。
最後に、提案内容に対する相手の反応によって、自分の行動を選択します。
「I(アイ)」メッセージによるコミュニケーション
アイメッセージとは、主語を「I(アイ)」、すなわち「私」にして話すことです。
主語を「You(あなた)」にしてしまうと、「あなたの考えには賛成できない」などと、非難めいたニュアンスが含まれやすくなってしまいます。
一方で、「私」から話を始めるようにすると、最初に自分の気持ちを説明しながら頭を整理し、感情的に相手を否定することを回避できます。
ただし、すべての場面でアイメッセージを行おうとすると、遠回しな表現になり、伝えたい内容が伝わらなくなってしまう可能性も考えられます。
そのため、アイメッセージによるコミュニケーションは、状況に応じて取り入れるのが最適です。
アサーションスキルを高める研修
「人と人とのより良いコミュニケーション」を目指すNPO法人アサーティブジャパンでは、全国各地での講座やオンライン講座、オンラインワークショップなどを定期的に開催しています。
例えば、2022年1月22日に行われたオンラインワークショップは、海外講師のアン・ディクソン氏を招き、「『自分も責めない、相手も責めない』対話」をテーマに実施されました。
複数の事例のロールプレイをもとに、アサーティブへの理解を深める内容となっています。
そのほかにも、アサーティブへの理解度や目的に応じて、さまざまな講座を選択可能です。
興味のある方は、下記リンクよりホームページを確認してみてください。
参考:特定非営利活動法人アサーティブジャパン(ASSERTIVE JAPAN)
心理的安全性向上の実践者に学ぶ、組織の巻き込みに成功した施策をご紹介!|詳細はこちら
6.まとめ
今回は、心理的安全性の定義をあらためて確認しつつ、アサーションが心理的安全性を高める理由、アサーションを身に付けるメリット、アサーションスキルの高め方などを中心に解説しました。
あらためて、記事の内容を振り返ってみましょう。
・真に心理的安全性の高い組織とは、ポジティブな発言のみが許される組織ではなく、言いにくいことを言い合えて、かつ聞きにくいことも聞き合える組織のこと
・アサーションとは、お互いを尊重し、率直・誠実・対等に自己主張するためのコミュニケーションスキルのこと
・アサーションを身に付ければ、たとえ立場は違っても、相手と同じ目線で対等に意見を交換し、それぞれの主張をお互いが受け入れられるようになる
・アサーションを身に付けるおもなメリットは、次の3つ
取引先と円満な関係を築けるようになる
社内コミュニケーションが活性化する
従業員のメンタルヘルス不調を予防できる
・アサーションスキルを高める方法は、次の2つ
DESC法(デスク法)に基づくコミュニケーション
「I(アイ)」メッセージによるコミュニケーション
本記事を参考に、実践できることからアサーションスキルの向上を目指してみてはいかがでしょうか。