
昨今、ビジネスシーンで耳にする機会が増えている「心理的安全性」という言葉。日本の省庁がリリースする今後の指針やビジョンなど公式の文書の中にも登場し、注目を集めています。
ここでは、正しい組織を構築し、よりよいチームを作り上げるために欠かすことのできない心理的安全性について解説します。企業の管理職やマネージャーが誤解しやすいポイントなどもまとめ、心理的安全性の本質を掘り下げていきます。
1.心理的安全性とは
「心理的安全性」という言葉は心理学用語で、「psychological safety」を日本語訳したものです。組織やチームにおいて、各メンバーが恐怖や恥といったネガティブな感情を持つことなく発言や発信を行える状態のことを指します。
日本人の多くは、学校という環境において幼少より先輩と後輩、あるいは先生と生徒という立場の違いを強く認識し、良くも悪くも上下関係が明確な中で育っているのではないでしょうか。
そうした関係性は社会に出てからも当たり前のように続き、多くの企業では年齢や役職などが、そのまま発言権や発信力に直結しています。
そのような慣習のある組織ではなく、プロジェクトや業務に関する発言や発信を、誰がどのような状況で行ったとしても、他のメンバーが拒絶せず、信頼関係が崩れることもない状態を「心理的安全性が高い」あるいは「心理的安全性が保たれている」などと表現します。
また、特定のメンバーを罰したり、組織から外したりしないことが担保されていることも重要です。
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心理的安全性が注目されている理由
心理的安全性が注目されている背景には、Google社が発表した一つの結論があります。Google社は2012年から4年間を費やし、「プロジェクト・アリストテレス」と呼ばれる労働生産性の向上に関する調査を行いました。
その結果、パフォーマンスが向上し、イノベーションを起こせるチームが抱える5つの特徴の一つとして、心理的安全性が十分に確保されていることを導き出したのです。
この発表後、世界中の企業や組織が心理的安全性の重要性を認識し、日本でも組織改革に積極的な企業から心理的安全性の高い職場・チーム作りをすでに始めています。
心理的安全性が低いことで起こりうるリスク
心理的安全性の効果を知るためには、心理的安全性がない、あるいは低い組織ではどのようなリスクが起こりうるのかを知っておく必要があります。まず、メンバーや従業員が積極的に質問する機会が大幅に奪われてしまうリスクが考えられるでしょう。
質問や確認といった行為そのものに対し、「無知だと思われたらどうしよう」「以前にも聞いた内容だったら怒られるかもしれない」などと不安を感じ、重要な質問や確認を怠る組織となってしまう可能性があります。
重大なミスの報告をしないメンバーが出てくることがあれば、企業やチームとして致命的な問題を抱えかねません。
無能だと思われないように、また、失敗を避けるために、チャレンジをしないメンバーが出てくるリスクも考えられるでしょう。
チャレンジをしない組織ではイノベーションも生まれず、パフォーマンスも低下してしまいます。競合に打ち勝つ機会を逸し、やはり企業として大きなダメージを負うことになりかねません。活発な議論が行われることなくリーダーの意見のみで動くような組織となれば、チームとして十分に機能することはなくなるでしょう。
結果、何も新しいものを生み出せない状態へと陥るリスクが高まってしまうのです。
心理的安全性を測るために確認すべきこと
組織やチームのリーダー、つまりは経営者や管理職、マネージャーといった立場の人たちと、そうしたリーダーたちの下で働いている人たちとで、心理的安全性の認識に違いがあっては意味がありません。
お互いに心理的安全性が保たれていると感じるためには、リーダーの立場にある人たちは積極的に部下などの意見を吸い上げる必要があります。
ときには、「チーム内で自由な発言・発信ができているか」「メンバーや上司へ報告や相談することに抵抗を感じるか」「チーム内に輪を乱すような言動をする人はいるか」などに対する回答を、完全に匿名で聞ける機会を設けるなどの取り組みも求められるでしょう。
学校内でのいじめを教師や学級委員長が把握しているとは限らないように、チーム内での関係性や内情をリーダーがすべて把握しているとも限りません。
心理的安全性の低さの直接的原因が、管理職などトップにあるケースばかりでもないでしょう。そのため、立場や役職にかかわらず、従業員やメンバーすべてから意見を吸い上げ、定期的に心理的安全性を測る取り組みを行い、必要に応じて改善を試みなければいけません。
2.心理的に安全な組織のメリット
心理的安全性が確保されている組織は、あらゆる点でその効果が現れ、プロジェクトや業務によい影響を与えます。心理的安全性が組織へともたらす多くのメリットを見ていきましょう。
個人のパフォーマンスが向上する
萎縮してしまうと、人はその能力を最大限活かすことはできません。心理的安全性の高い組織やチームが作られていれば、従業員やメンバーは萎縮することなく、自分の能力を発揮しようと試みます。
その結果、個人のパフォーマンスが向上し、組織の底上げへとつながるでしょう。個々が能力を発揮することが認められている点も、心理的安全性の高い組織の特徴です。
出る杭が打たれてしまうことがないため、安心感を持って仕事へと集中し、打ち込むことが可能となります。
情報の交換や共有が増加する
心理的安全性の高低は、立場などにかかわらず発言・発信できるかどうかによって決定します。心理的安全性が高い組織であれば、部下から上司へ、後輩から先輩へなど、立場を超えて情報が行き交い、共有することができるようになるでしょう。
組織は同じ方向を向いてプロジェクトなどに向き合わなければならず、そのためには細かな情報の交換や共有も欠かせません。すべてのメンバーが情報の提供を躊躇することがなくなれば、業務のスピードや効率もアップします。より多くの業務やプロジェクトをこなせる組織へとなるはずです。
精神的なストレスが軽減する
仕事をする上ですべてのストレスを完全に取り除くことは難しいかもしれませんが、心理的安全性を高めれば高めるほど精神的なストレスは軽減していくでしょう。
生産性が向上することに加え、精神的ストレスが原因による体調不良などを避けることにもつながります。遅刻や欠勤などが減る可能性も高く、休職や離職してしまう従業員を減らすこともできるでしょう。
イノベーションが生まれやすくなる
心理的安全性を高めることで、イノベーションが生まれやすくなるといわれています。心理的安全性の担保は、多様性を認め、新しい価値観を受け入れることにもつながるためでしょう。
経営者や管理職などリーダーの一存で決めるのではなく、多くの従業員やメンバーの意見を吸い上げる、あるいは取り入れることは、イノベーションにとって非常に重要な要素の一つです。
誰でも自由に発言・発信できる環境を整えることができれば、これまでにない新しい製品やサービスなどを生み出しやすくなるでしょう。
チャレンジ精神や積極性が養われる
どのような言動に対しても、それが業務やプロジェクトにかかわることであれば、言動そのものは認められる心理的安全性の高い組織においては、従業員が新しいチャレンジをすることも難しくなくなります。失敗を極度に恐れなくなるため、自ら課題を解決するため積極的に行動するメンバーも増えていくはずです。
上司やリーダーからの指示を待ち、その指示通りにしか動けないメンバーを減らす効果も得られます。次世代のリーダーの育成にもつながるため、長期でみれば組織の継続や繁栄といったメリットも得られるでしょう。
仕事への責任感や関心が強くなる
チャレンジ精神や積極性が養われ、自ら行動するようになると、自立心や仕事への責任感が生まれます。
また、仕事そのものに対しての関心も強まると考えられるので、部下やメンバーに任せられる仕事も増やすことができるでしょう。上司やリーダーの負担は減るにもかかわらず、組織やチームはしっかりと回り、成果が出せる状態にもっていくことが可能です。
ミスへの対応スピードが上がる
ミスや失敗の発生を避けることはもちろんですが、組織やチームにとってさらに重要なことは、そうしたミスなどが起こった際の対応です。これを間違えると、組織が崩壊しかねません。
心理的安全性の高い組織であれば、誰もが臆することなく重要な報告や相談ができるため、ミスや失敗に関する報告も素早くなり、問題への対応スピードも格段に上がります。致命的な問題となる前に対応することで、ダメージを最小限に抑えることができるでしょう。
エンゲージメントが向上する
組織内の信頼関係や企業への愛着心などの深いつながりを表す言葉が「エンゲージメント」です。心理的安全性の高い組織では、それぞれの従業員やメンバーのエンゲージメントが高まりやすくなるでしょう。
働くことに対する満足度の向上へと直結し、企業への貢献度が高まることも期待されます。優秀な人材ほど組織内にとどまる可能性も高まるため、人材流出のリスクを抑えるメリットも生まれます。
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3.心理的安全性についての4つの誤解
心理的安全性の概要を把握した際に生じやすい、いくつかの誤解があります。一見、心理的安全性が高そうな組織に感じますが、実はそうではないケースも多々あるのです。
心理的安全性の理解をさらに深めるためにも、ここでそれらの誤解をしっかりと解いておきましょう。
①メンバーの仲がよいだけの状態ではない
ただ馴れ合っているだけの状態は、決して心理的安全性が高い組織とは言えません。メンバーの仲が良いことは重要であるものの、関係性がよいだけでは活発な意見交換や議論は行われず、イノベーションが生まれることもないでしょう。
企業やチームはサークルや友人同士の集まりとは異なるため、メンバーの仲がよいだけの状態が心理的安全性が保たれている組織だと勘違いしてはいけません。親睦を深めたり良好な関係性を保つためにレクリエーションや旅行などを積極的に行う企業があります。
それ自体は問題なく、ときには重要な意味を持つものの、心理的安全性とは、そうした娯楽などで安易に構築できるものではないと理解することも経営者やリーダーには求められます。
②礼節を欠いてもよいわけではない
なんでも意見が言える環境と聞くと、立場や役職を超えて、どのようなことを言っても構わないと勘違いしてしまう人もいるかもしれません。しかし、心理的安全性の高い状態とは、礼節を欠いても問題のない状態というわけではないため注意が必要です。
上司やリーダーであっても、部下などのプライベートに関して安易に踏み込むことや、セクハラなどにつながる発言は当然避けなければいけません。他者への罵倒や差別的発言、軽蔑するような言動は言語道断です。
また、心理的安全性を担保しようと、上司や先輩に対して失礼な物言いなどをするメンバーを見過ごしてしまうことも避ける必要があります。相手を尊重した上で、自分の意見を述べることができる環境や雰囲気作りが重要になるでしょう。
③すべての意見や提案が採用・反映されるわけではない
立場や役職に左右されず発言や発信が行えることは、心理的安全性の高い組織の最大の特徴であり魅力です。しかし、心理的安全性が高いからといって、すべての人の意見や提案が必ずしも採用・反映されるわけではありません。
突拍子もないアイデアや、目的・ビジョンから大幅に外れた提案を受け入れていては、組織を保つことは難しくなるでしょう。
むしろ、そうしたアイデアや提案をチーム内での丁寧な議論の中で、「ここが間違っている」「それはおかしい」といった率直な意見や反対の考えを臆することなく言える環境こそが、組織が目指すべき心理的安全性の高い状態といえます。
④プレッシャーや責任が弱い状態ではない
心理的安全性の高い組織では、パワハラやノルマといったもので責任を負わせプレッシャーをかけることはしません。一方で、プレッシャーや責任が一切ない、あるいは弱い状態というわけでもない点には注意が必要です。
プレッシャーや責任のない環境では、やはりイノベーションを巻き起こすことは難しいでしょう。人は、追い込まれることで能力を発揮するケースがしばしばあります。プレッシャーや責任を利用し新しい価値観を生み出す、あるいは最後までやりきるなど、自立して主体的に業務やプロジェクトへと取り組める環境を整えることこそが重要です。
お互いが競争し合い、切磋琢磨できる環境ともいえるでしょう。管理職やリーダーはそれを理解した上で、部下やメンバーがよい結果が出せるよう適切なプレッシャーをかけ、必要な責任を負わせなければいけません。
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4.協同し学習するチームにするためには
心理的安全性を確保した上で、協同・学習し成果を出し続けるチームを組織するためには、「責任」が重要な役割を持ちます。すでに説明したように、心理的安全性の高い状態とは、決して責任がない、あるいは弱い状態というわけではありません。
責任が伴ってこそ、心理的安全性の効果がさらに発揮され、お互いに高め合いながら成長していけるチームとなるのです。
注意したい心理的安全性と責任の関係性
それぞれの組織やチームごとで、心理的安全性と責任の関係性は異なります。もし心理的安全性が高く、一方で責任が弱い組織であれば、そこで働く人たちはとても“快適”に過ごすことができるでしょう。
しかし、責任が弱いことにより、業務やプロジェクトをやり抜く意欲に欠け、新たな価値観やイノベーションを生まないリスクが高まると考えられます。責任を課せられなければ、むしろあらゆることにチャレンジするのではないかという考え方もできますが、それでは無謀な挑戦となる可能性が増え、大きな失敗を繰り返すだけの結果となってしまうでしょう。
心理的安全性が低く、しかし、責任が重い組織の場合はどうでしょうか。これは経営者やリーダーがワンマンの状態であると考えられます。
重いノルマを課すなどし、ミスや問題が生じれば強く叱責することで、働く人たちは“不安”を抱えてしまうはずです。当然イノベーションは起こらず、企業としての成長も見込めないでしょう。
心理的安全性も責任も低ければ、それは“無関心”の状態となる恐れがあります。
責任を課せられることはないものの、意見を言うことが認められず提案などもできなければ、ただただオフィスにいるだけの状態となりかねません。やはり意欲が湧くこともなく、企業や組織としての成長は見込めるはずもないでしょう。
理想は心理的安全性と責任の両方が高い状態
組織やチームが目指すべきは、心理的安全性も責任も高い状態です。このような状態で生み出されるのは“学習”です。
自らの意見を堂々と言える環境があれば主体的に取り組むことができるようになり、また、その取り組みに責任が生じることで、どのように遂行すれば目標が達成でき成果が出せるのか自ずと考えるようになります。能動的に学習する習慣が身につき、それが組織やチームを活性化させることは間違いありません。
こうした活性化が協同にもつながり、さらにチームワークの向上も実現させることができるでしょう。
この学習効果を高めるためには、例えば、目標と目標達成に必要な成果指標(OKR)の設定や、リーダーとメンバーとの1対1の対話(1on1ミーティング)の機会を設けるなど、さまざまな取り組みを導入する必要があります。
部署や役職の垣根を超えて、メンバー同士で報酬やメッセージを送り合える「ピアボーナス」の導入や、必ず平等に発言・発信の機会を与えることも、心理的安全性と責任を両立させるためには有効となるでしょう。
責任の所在を曖昧にせず、業務に沿った責任を各メンバーへと適切に与えるからこそ、心理的安全性が大きな効果を発揮すると理解することが何よりも重要です。
心理的安全性の確保や向上によるメリットは計り知れない恩恵をもたらす
心理的安全性を高めることで得られるメリットは非常に多く、企業に多大な恩恵をもたらすことは間違いありません。一方で、責任と両立させることも不可欠です。
心理的安全性と責任の間に相関関係はないため、経営者やリーダーが中心となり、どちらとも意識的に高める必要があります。どちらも高い状態を作り出し維持することができれば、協同し学習する組織やチームとなり、大きな成果や企業の繁栄へとつながるでしょう。