
企業理念とは、おもに「ミッション(使命)」「ビジョン(構想)」「バリュー(行動指針)」の3点から構成され、従業員や取引先、社会全体に対して掲げるものです。
企業の方向性や判断基準を明確にするとともに、組織としての一体感を高める、ブランドイメージを向上させる、自社に合う人材を確保するなどの目的で、企業理念を社内外に浸透させる取り組みは欠かせません。
しかし、ほとんどの企業が理念浸透の必要性を認識しているものの、理念浸透が思うように進まず悩んでいる企業も多いでしょう。
実際に、HR総合調査研究所が実施した「企業理念浸透に関するアンケート調査」の結果では、企業理念が社員に「浸透している」と回答した企業はわずか6%でした。
一方で、「浸透しているとはあまり思わない」「浸透していると思わない」と回答した企業の割合を合計すると、50%を超えています。
特に、組織の規模が大きければ大きいほど、理念はそう簡単に浸透するものではありません。加えて、人材や働き方が今後ますます多様化していくこと、組織がさらに拡大していく可能性などを考えると、すべての従業員に理念を浸透させることはより難しくなっていくため、早い段階で理念浸透がしやすい土台を作っておく必要があるでしょう。
そこで本記事では、理念浸透を成功させる3つのポイントや、理念浸透に「心理的安全性」が有効と考えられる理由などを解説します。併せて、心理的安全性を高める具体的な方法や、おすすめの理念浸透施策、心理的安全性が高い企業の理念浸透事例についても紹介するので、ぜひ自社の取り組みに活かしてください。
1.理念浸透を成功させる3つのポイント

理念浸透を成功させるためには、次の3つのポイントを順に押さえていく必要があります。
- 理念の認知
- 理念の理解
- 理念の行動変容(自分ごと化)
理念浸透がうまくいっていないケースでは、上記いずれかのステップでつまずいているはずです。
以下の内容を参考に、自分の会社がどのステップでつまずいているのかを考えてみましょう。
理念の認知
まずは、従業員に理念そのものの存在を知ってもらう必要があります。
会社のビジョンへの意識と浸透に対する課題を把握するため、2020年6月に株式会社JTBコミュニケーションデザインが実施した「会社のビジョンに関する意識調査2020」では、自社のビジョンを「知っている」と回答した割合は51.1%と約半数にとどまりました。
一方で、「(ビジョンの内容を)知らない」「ビジョンがあるかどうかを知らない」と回答した割合は約4割に上っています。
この結果を見ると、ビジョンは企業理念の一部であることから、企業理念の認知のステップからうまくいっていない企業が多いことが想定されます。
理念が認知されなければ、続く「理念の理解」や「理念の自分ごと化」はもちろんできません。
理念の認知のステップでは、頭で理解するだけでなく、従業員の潜在意識にまで理念の存在を浸透させる必要があります。
理念の理解
続いては、従業員に理念に込められている意図や背景、重要性を理解してもらう必要があります。
理念の理解のステップでは、理念に対する「共感」がキーワードです。
簡潔な文章でまとめなければならない理念は、抽象的になりやすい傾向があります。
しかし、定めた理念が抽象的な内容であるほど、理解してもらうための対策を取らなければ、理念そのものの存在やざっくりとした内容は認知できても、深く理解し共感することはできません。
理念の自分ごと化
最後のステップが、理念の「自分ごと化」です。具体的には、自分の業務と理念との関係を理解し、日頃から理念を意識しながら行動できるようになることを目指します。
例えば研修を通して理念を理解・共感できても、「その理念に基づいた行動とは具体的に何か」「自分の業務でいうとどのような行動なのか」といったイメージが描けていなければ、“自分ごと化”するのは難しいでしょう。
従業員が「自分も行動したい」「やってみよう」と思えるよう、具体的なイメージにつなげることが重要です。
参考:危機に強い組織をつくる理念浸透の実践方法とは|Unipos
2.理念浸透に「心理的安全性」が効く理由

理念の認知・理念の理解・理念の自分ごと化のいずれかのステップでつまずいている場合、まずは自分の会社で「心理的安全性」が確保されているかを見直してみましょう。
心理的安全性とは、従業員一人ひとりが、拒絶されたり罰せられたりする不安を感じることなく、いつでも安心して発言や行動ができる組織の状態をいいます。
心理的安全性が高い組織では、自分の会社への愛着や、会社へ積極的に貢献しようとする意欲、すなわち「エンゲージメント」が高まります。
その結果、会社が掲げる理念への興味・関心が増し(=理念の認知)、理解や共感へと歩みやすくなり(=理念の理解)、「自分も行動したい」と積極的な行動変容(=理念の自分ごと化)も起こりやすくなるのです。
また、理念浸透を進めるためには、年代や役職の垣根を越え、組織内の誰もが理念についてオープンに語ることのできる環境を整える必要があります。
そのようなオープンな組織風土の土台として、心理的安全性は欠かせないのです。
3.心理的安全性を高める方法

心理的安全性を高めるおもな方法として、次の3つが挙げられます。
・ 1on1やメンター制度を導入する
・ 目線を合わせたコミュニケーションを増やす
・ 理念浸透のワークショップなどを開催する
それぞれの方法について、詳しく確認していきましょう。
1on1やメンター制度を導入する
1on1(ワン・オン・ワン)やメンター制度を導入することは、心理的安全性を高めるうえで有効です。
1on1とは、上司と部下が1対1で、定期的に行うミーティングのことを指します。部下が抱えている悩みや今後のビジョンなどを上司が理解し、部下の成長を促進・支援していくことが、1on1のおもな目的です。
一方のメンター制度とは、指導する側が「メンター」、指導される側が「メンティー」となり、メンターがメンティーの仕事やキャリア、さらにはメンタル面も含めてサポートするのが目的です。
1on1もメンター制度も、主役は部下や後輩です。そのため、1on1やメンター制度を導入すれば、部下や後輩には「悩みに寄り添ってもらえる」「自分を受け入れてもらえる」という実感が積み重なり、心理的安全性の向上につながりやすくなるでしょう。
目線を合わせたコミュニケーションを増やす
心理的安全性を高めるためには、チーム内のコミュニケーションの量を確保する必要があります。
ただし、業務に直接関係する話題以外は持ち出せない、コミュニケーションにも上下関係が強く反映されているといった状況では、コミュニケーション全体の量が増えたとしても、心理的安全性は高まらないでしょう。
大切なのは、コミュニケーションツールを活用するなどして、メンバー同士、目線を合わせてフラットにコミュニケーションをとれる環境を整えることです。
加えて「これについてどう思う?」といった、お互いの価値観について理解を深められる会話を意識すると、より効果的でしょう。
目線を合わせたコミュニケーションが増えれば、信頼関係を築きやすくなり、心理的安全性を確保できるようになります。
理念浸透のワークショップなどを開催する
自社の理念について理解を深めるワークショップは、心理的安全性の向上と理念浸透を同時に実現させられるおすすめの方法です。
例えば、プレイライフ株式会社が開催する「おえかきコミュニケーションワークショップ」では、自社の理念を“おえかき”して表現するとともに、自分の想いや感情をワークショップの参加者同士で共有します。
理念に向き合いつつ、お互いが率直な想いや感情を開示することで、効果的に心理的安全性を高められるでしょう。
参考:理念浸透を実現するゲームやワークショップとは?効果とごと例を解説
参考:会社のビジョンを考えるおえかきコミュニケーションワークショップ|バヅクリ
4.おすすめの理念浸透施策

理念を浸透させやすい土台を整えると同時に、理念浸透施策にも取り組みましょう。
今回は、理念の認知のための施策・理念の理解のための施策・理念の自分ごと化のための施策の3つに分けて紹介します。
理念の認知のための施策
従業員一人ひとりが「理念を知っている」状態にするための施策には、次のようなものが挙げられます。
- トップメッセージで理念の存在を発信する
- イントラへ理念を掲載する
- 朝礼やミーティングで理念について伝達する
- 全社会議で理念を唱和する
- 理念を解説したポスターの掲載や、パンフレット・カードを配布する
- 社内報やメールマガジンで理念に触れる
ポイントとしては、会社として本気で取り組んでいることを従業員に知ってもらうこと、従業員が高頻度で理念に接触する機会を意図的につくることです。
そのため、社長や経営層からの定期的なメッセージ発信や、従業員が毎日目にするツールへ落とし込む施策が中心となります。
理念の理解のための施策
従業員が、理念そのものの意味や、理念の背景にあるものを理解している状態にするための施策には、次のようなものが挙げられます。
- 理念の理解を深めるための社内イベントを開催する
- 階層別に理念浸透または理念に関する研修を実施する
- 部署別・個人別の理念浸透プランを策定する
- OJTなどの場で管理職から理念について指導する
- 社内に理念を伝えていく役割を担う「アンバサダー」を育成する
上記のような施策をとおして、理念の重要性や魅力を訴求し、従業員の理念への「共感」を生み出す必要があります。
理念の自分ごと化のための施策
従業員が理念を理解・共感し、日常の業務のなかで理念に基づいた行動を実践できる状態にするための施策には、次のようなものが挙げられます。
- 理念に沿った行動の事例集を作成する
- 理念に沿った行動や成果につなげた従業員を表彰する(表彰制度の運用をする)
- 部署別・個人別の理念浸透プランについて成果を検証する
- 人事評価制度に理念を反映させる
例えば、理念に沿った行動の事例集を作成することや、表彰制度の運用をすることで、従業員は「自分の業務だったらこのような行動がとれそうだ」と思えるようになるでしょう。
参考:コロナ禍における「経営理念」「ビジョン浸透」の重要性と取り組み施策
参考:「企業理念浸透に関するアンケート調査」結果報告必要性は認識するも進まぬ理念の浸透
5.心理的安全性が高い企業の理念浸透事例

最後に、心理的安全性が高い企業「Sansan株式会社」の理念浸透事例をご紹介します。
Sansan社は2007年に設立し、以来、クラウド名刺管理サービスでビジネスシーンにイノベーションを起こし続けてきました。そんなSansan社の強みは、従業員数が急増するなかでも、企業理念が全従業員に浸透していることだといいます。
具体的な理念浸透施策のポイントはおもに2つあり、1つは「従業員がミッションに触れる機会を意図的につくること」です。Sansan社では、月に2回行われる全社会議において、必ずミッションを唱和することから始めています。
そして、もう1つが今回特に注目したい施策のポイントですが、それは「従業員全員で理念のアップデートを行うこと」です。Sansan社では、創業以来約2年おき(直近では1年おき)に、従業員全員で理念について議論し、バージョンのアップデートを行っています。
ただし「アップデート」とはいっても、伝えたい内容を変更するわけではありません。その時々で「どのように表現すれば大切にしたい価値観を伝えられるか」と、表現などの見直しについて従業員同士が考えています。
例えば、2016年の「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」から、2018年「出会いからイノベーションを生み出す」のようにアップデートしています。
また、1年〜2年おきの議論とはいえ、議論開始から最終決定までは長くて1年程度かかるそうです。すなわち、従業員は常に企業理念について議論している状態だと言い換えられます。
この「従業員全員で常に議論し、理念をアップデートしていく」という取り組みは、理念浸透に強いこだわりを持つ組織であるということ以外に、現場から経営まで、全員が理念について議論するという点で、心理的安全性の高低がその成果を左右する取り組みといえるでしょう。
心理的安全性が高いSansan社だからこそ、全員が議論に参加することによる理念の“自分ごと化”、さらには組織へのコミットメントの向上を実現できているのです。
参考:急成長でも失われない一体感 Sansanはどのように“ミッションドリブン”な組織をつくりあげたのか
心理的安全性向上の実践者に学ぶ、組織の巻き込みに成功した施策をご紹介!|詳細はこちら
6.まとめ
今回は、理念浸透を成功させる3つのポイントや、心理的安全性を高める具体的な方法、おすすめの理念浸透施策などを中心に解説しました。
あらためて、記事の内容を振り返ってみましょう。
・理念浸透を成功させるためのポイントは、次の3つ
- 理念の認知
- 理念の理解
- 理念の行動変容(自分ごと化)
・心理的安全性を高める方法は、次の3つ
・1on1やメンター制度を導入する
・目線を合わせたコミュニケーションを増やす
・理念浸透のワークショップなどを開催する
・おすすめの理念浸透施策は、次のとおり
・理念の認知のための施策
→トップメッセージによる発信、全社会議での唱和、社内報やメールマガジンの活用など
・理念の理解のための施策
→社内イベントの開催、研修の実施、アンバサダーの育成など
・理念の自分ごと化のための施策
→事例集の作成、表彰制度の運用、人事評価制度への反映など
・心理的安全性が高い企業の理念浸透事例は、次のとおり
・Sansan株式会社:従業員全員で議論し、理念を常にアップデートする
テレワークなど働き方の多様化・人材の多様化が進むなかで、組織の一体感の欠如が課題になっている企業こそ、あらためて理念浸透の必要性、そして心理的安全性を確保することの重要性を見直す必要があるでしょう。
本記事を参考に、心理的安全性を高める取り組みを実施し、ステップごとに理念浸透施策を進めてみてはいかがでしょうか。
